福澤諭吉先生の出身地にして大分県北最大の都市・中津には、城下町の風情が今も色濃く残っています。今回は中津のランドマークともいえる中津城跡をめぐります。

中津城は官兵衛こと黒田孝高によって築造され、関ヶ原合戦の直後まで黒田氏が治めていました。関ヶ原の功により、黒田氏が筑前に転封されると細川氏の居城となり、さらに細川氏が肥後に入ると小笠原氏が入り、最終的に中津城は奥平氏の居城となりました。廃藩置県まで奥平氏が城主を務めています。

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▲中津大神宮鳥居
中津大神宮の大手参道は、かつて石垣・お堀があった場所の一部を崩して設置されたものです。そのため、参道わきには石垣の断面を見ることができます。

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▲蓮の葉が生い茂る中津城のお堀

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▲三斎池
黒田氏の後に中津入りした細川氏によって建設されたのが、写真上の三斎池です。山国川と城内をつなぐ水路の途中にあり、貯水池として用いられていました。

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三斎池の横を抜けると、中津城天守閣への入口に至ります。周辺には神社の社殿や観光案内所等が立ち並んでいます。

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▲黒田官兵衛孝高と光姫の顔出しパネル

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▲中津城のお堀と天守閣
水城として名高い中津城の堀には海水が引き込まれています。そのため、濠内の水深は潮の干満によって上下するようになっているのです。

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堀の中を覗いてみると、不思議なことに石が沢山積まれている個所があります。石積みの真下には円盤状の物体が沈められています。これはいったい何でしょうか?

その正体を探ってみると、なんと「中津祇園」で使用される山車の車輪でした。なんでも腐食を避けるため、堀の泥中に沈めているとのことです。昔ながらの木製品の保存方法が、こうして中津の地に根付いているのですね。

撮影日:2017年9月3日




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