福岡県岡垣町にはかつて、海老津炭鉱と呼ばれる炭鉱がありました。筑豊地方は良質の石炭を算出する炭田として有名ですが、隣接する遠賀郡地域でも石炭採掘がおこなわれていたのです。

ということで今回は、海老津炭鉱跡地のある岡垣町戸切地区にやってきています。岡垣町と宗像市・宮若市を結ぶ県道87号線沿いを進むと、やがて百合野と呼ばれる地区に入ります。この百合野地区こそが、かつての炭鉱とその付随施設があった場所にあたります。

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百合野公民館に気になる石碑があったので近づいてみました。表には「奥海老津の碑」と刻まれています。どうやら海老津炭鉱を記念して建てられた石碑のようです。

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やはりその通りで、裏側には海老津炭鉱の沿革が刻まれていました。

海老津炭鉱は明治初期に操業が開始され、昭和31年まで石炭の採掘がおこなわれました。最盛期の従業員数は約1300名、年間採掘量は14万トンと記録され、国から良質な石炭のお墨付きを得ていたとか云々。

国鉄海老津駅からエンドレス軌道が伸び、石炭運搬に利用されていました。跡地は現在でも残っており、築堤・アーチ橋梁などが遺されています。

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さあ、これから本格的に炭鉱跡をめぐってみましょう。県道から外れ、百合野地区の中心部に入っていきます。かつての炭鉱跡は谷間の奥にあって、下流側には労働者の居住区が並んでいました。

ぱっと見た限りだと、当時の炭住は軒並み普通の住宅地に置き換わっているようで、当時の面影を感じることはできません。さらに進みましょう。

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海老津炭鉱を航空写真で下調べしていると、ふと気になる一角を見つけました。高台の上に長屋がいくつも立ち並んでいるのです。この長屋がいったい何なのか、早速調べるため高台に上がりました。

すると、たしかに長屋はありましたが、それは明らかに閉山後に建てられた公営住宅でした。やはり炭住は全く残っていないのでしょうか。

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百合野地区の一番奥にやってきました。このあたりには炭鉱の主要な施設があったようです。現在は整地されてソーラーパネル発電に利用されています。

ここから谷を下り、元来た道を戻っていきましょう。

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改めて百合野地区をじっくりと観察していると、ふと朽ちた屋根を見つけました。その屋根は長く連なり、壁は板張りになっています。これはどう見ても、炭鉱時代の住居ではありませんか!

最後の最後でようやっと見つけました。海老津炭鉱の炭住です。

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炭住はおよそ2~3棟分が、いくつかに分割されて残っていました。その大半は廃屋になっているようで、屋根には草が生い茂っています。

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炭住の近くまで行くことができました。やはりその姿は間違いない、海老津炭鉱の労働者が居住していた長屋と見てよいでしょう。筑豊の稲築や明治坑に残っているような古い炭住が、断片的ながらも、ここ岡垣に残っているとは思っていませんでした。

いずれの長屋も老朽化が激しく、いつ姿を消してもおかしくない状況です。消えゆく岡垣町の歴史遺産をしっかり目に焼き付け、かつての海老津炭鉱を後にしました。

撮影日:2018年8月




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