昭和20年8月9日、当時のソ連軍は北緯50度線を南下して樺太庁(南樺太)に侵入しました。日本軍は獰猛なロシア人を相手に善戦しましたが、やがて武装解除を命じられたのちは、ロシア人に蹂躙されるがままとなり、多くの日本人が虐殺・強姦・シベリアへの強制連行を被りました。

樺太カラー地図
あれから72年経った今、日本人はすっかり「樺太」を忘れてしまいました。北海道の北にある細長い島はあくまでも「サハリン」でしかなく、「日本から一番近いヨーロッパ」でしかなく、メディアだろうが個人だろうが関係なく、そう思う日本人は年々増えるばかりです。あの島を何のためらいもなく「サハリン」と呼ぶ日本人が増えたことで、北方領土問題の真相はますますぼやけています。

ぼやけて形が見えなくなった「北方領土」

通常、北方領土というのは「北方四島」という別名から分かるように、根室沖の四島(国後島・択捉島・色丹島・歯舞群島)を指しがちです。実際、政府が返還交渉の対象にしているのはこの四島で、得撫島以北の千島列島(北千島)や南樺太は対象に含まれていません。その根拠となるものが、サンフランシスコ講和条約(昭和26年)における南樺太・千島列島の主権・領有権・請求権の「放棄」を指す一文です。

ところが、日本が以上の地域を放棄させられたとはいえ、これを以てソ連(ロシア)への帰属が確定したわけではありません。しかし現在でもソ連―現在のロシア―は、「北方四島」を含む南樺太・千島列島を不当に占拠し続け、大陸部から多くのロシア民族を入植させているのです。それに加え、国際社会は南樺太・千島がロシアに帰属することを追認し、日本人も民間レベルでは「ほぼ追認」という憂うべき状態に至っています。

たしかに敗戦国という弱い立場ゆえに「放棄」させられましたが、だからといって南樺太・北千島を北方領土問題の争点から省くことは望ましくありません。争点から省き、ロシアの一部として扱い、「サハリン」と読んでみせることで、相手に配慮したつもりなのでしょうか。日本側が放棄した地域に対して、何の野心も抱いていないことを示したつもりなのでしょうか。普通に交渉したところで返還の見込みが限りなく「無」に近いというのに、なぜ配慮するのか理解できません。残忍な侵略者に対して、どうして真心を示す必要があるのか理解できません。

どんなに「放棄」を強調したとしても、樺太・北千島も不当に侵略され、占拠された「北方領土」であることには変わりないのです。

配慮の果てに抹殺されゆく「樺太」

以上の導入を踏まえたうえで、ここから本題に入ります。返還交渉の対象に上げる「四島」の場合、現在でもメディア・個人を問わず日本語地名を用いる傾向にありますが、北千島、とくに樺太はどうでしょうか。

北千島の場合、ロシア占領下の現在もアイヌ語由来の島名が使用されているせいか、変なロシア式の地名で呼ばれることは多くありませんし、千島列島という地名もよく耳にします。問題点をしいて挙げれば、集落名・列島名が稀にロシア僭称で呼ばれたり、島名が片仮名で表記されたりするぐらいのことです。

一方、樺太の場合は悲惨です。新聞では「サハリン」が優勢の傾向にあり(産経は基本的に「樺太」を使用、左派メディアは「サハリン」一色の傾向)、個人レベルで見てもやはり状況は変わりません。とにかく「サハリン」がそこかしこでまかり通っているのです。私が見る限りだと、歴史に通じていようが疎かろうが、個人単位でもやはり「サハリン」を使う傾向にありますし、北緯50度以南は名実ともにロシア領として見なされがちです。

あれだけテレビ番組や新聞でしつこいぐらいに「サハリン」が連呼されたら、そりゃ樺太と言わない人間は増えるでしょう。同じロシア人に占領された地域でも、「放棄」という認識の有無でここまで扱い・見方が変わるものかと、一日本人として情けなく思うものです。

そもそも、地名は歴史を伝える重要な要素であり、それを抹殺する行為は好ましくありません。連綿と語り継がれてきた樺太の記憶を、「侵略者」への機嫌取りのために、わざわざ消し去っても良いのでしょうか。

日本政府による「四島の生贄」としての樺太の忘却と、多数のメディアによる「サハリン」使用の常態化は、正確な北方領土問題への無理解という深刻な状況を生み出しました。このまま樺太が日本人の心から忘却されることで、徳川幕府の時代から営まれてきた「日本史」としての樺太史は忘れ去られ、古くから日本人単独による樺太開発が行われたことは史料の奥底に眠るばかりとなるでしょう。

せめて「樺太」という地名の慣用だけは残ってほしい。そう思いを込めながら、今回は樺太島内の地名について簡単にご紹介します。

今だからこそ呼び覚ましたい樺太地名(自治体名)

(凡例)
◎とよはら:小川(1925)における地名表記
●とよはら:『朝鮮・樺太・関東州・南洋諸島地名の読方及び人口表』(1938)における地名表記
〇とよはら:『最近検定市町村名鑑. 昭和16年版』(1940)における地名表記
■とよはら:『最近検定市町村名鑑. 昭和18年版』(1942)における地名表記、欠落・誤記が多い
驛とよはら:『鉄道停車場一覧. 昭和12年10月1日現在』(1937)における地名表記(駅名としての採用分のみ)

資料によって発音が異なる地名は太字で表示しています(明らかな誤植をのぞく)。また、最後の☆(駅名)以外は出版年順に並べています。

豊原支庁

・豊原市 ◎とよはら ●とよはら 〇とよはら ■とよはら 驛とよはら
・豊北村 ◎とよきた ●とよきた 〇とよきた ■とよきた
・川上村 ◎かわかみ ●かわかみ 〇かわかみ ■かわかわ(誤植) 驛かわかみ
・落合町 ◎おちあい ●おちあい 〇おちあい ■おちあい 驛おちあい
・栄浜町 ◎さかいはま ●さかえはま 〇さかえはま ■さかえはま 驛さかえはま
・白縫村 ◎しらぬい ●しらぬい 〇しらぬい ■しらぬい
・大泊町 ◎おおとまり ●おおとまり 〇おおどまり ■おおどまり 驛おおどまり
・千歳町 ◎ちとせ ●ちとせ 〇ちとせ ■ちとせ
・深海村 ◎ふかうみ ●ふかみ 〇ふかみ ■ふかみ
・長浜村 ◎ながはま ●ながはま 〇ながはま ■ながはま
・遠淵村 ◎とおぶち ●とおふち 〇とおぶち ■とおぶち
・知床村 ◎すりとこ ●しれとこ 〇しれとこ ■しれとろ(誤植)
・富内 ◎とむない ●とむない 〇とむない ■とむない
・留多加村 ◎るたか ●るたか 〇るたか ■るたか 驛るうたか
・三郷村 ◎(未成立) ●さんごう 〇さんごう ■さんごう
・能登呂村 ◎のとろ ●のとろ 〇のとろ ■のとろ

真岡支庁

・真岡町 ◎まおか ●まおか 〇まおか ■まおか 驛まおか
・広地村 ◎ひろち ●ひろち 〇ひろち ■ひろち 驛ひろち
・蘭泊村 ◎らんとまり ●らんどまり 〇らんとまり ■らんとまり 驛らんとまり
・清水村 ◎しみず ●しみず 〇しみず ■しみず 驛しみず
・本斗町 ◎ほんと ●ほんと 〇ほんと ■ほんと 驛ほんと
・好仁村 ◎よしに ●こうに 〇こうに ■こうに
・内幌村 ◎ないほろ ●ないほろ 〇ないほろ ■ないほろ 驛ないぼろ
・海馬村 ◎かいば ●かいば 〇かいば ■かいば
・野田町 ◎のた ●のた 〇のだ ■のだ 驛のだ
・小能登呂村 ◎このとろ ●このとろ 〇このとろ ■このとろ 驛このとろ
・泊居町 ◎とまりおる ●とまりおる 〇とまりおる ■とまりおる 驛とまりおる
・名寄村 ◎なより ●なより 〇なより ■なより
・久春内村 ◎くしゅんない ●くしゅんない 〇くしゅんない ■くしゅんない

敷香支庁

・敷香町 ◎しくか ●しくか 〇しくか ■しくか 驛しくか
・泊岸村 ◎とまりきし ●とまりぎし 〇とまりぎし ■とまりぎし 驛とまりきし
・内路村 ◎ないろ ●ないろ 〇ないろ ■ないろ 驛ないろ
・元泊村 ◎もととまり ●もととまり 〇もとどまり ■もとどまり 驛もととまり
・知取町 ◎しるとる ●しるとる 〇しりとる ■しりとる 驛しりとり
・帆寄村 ◎ほより ●ほより 〇ほより ■ほより 驛ほより
・散江村 ◎ちりえ ●ちりえ 〇ちりえ ■ちりえ 

現在の学校教育で用いられる地図帳では敷香を「しすか」と表記していますが、戦前の資料では専ら「しくか」と表記されています。それにしても、知取が「しりとり」なのか「しりとる」なのか、依然としてよくわかりません。

恵須取支庁

・恵須取町(市制施行直前に失地) ◎えすとる ●えすとる 〇えすとる ■えすとる
・塔路町 ◎●〇(当時恵須取町の一部につき掲載なし) ■とうろ
・名好町 ◎なよし ●なよし 〇なよし ■なよし
・西柵丹村 ◎にしさくたん ●〇(当時恵須取町の一部につき掲載なし) ■(文章欠落)
・鵜城村 ◎うしろ ●うしろ 〇うしろ ■うしろ
・珍内町 ◎●〇(未成立) ■ちんない



(参考資料)
小川琢治『市町村大字読方名彙』成象堂、1925年
鉄道省編『鉄道停車場一覧. 昭和12年10月1日現在』川口印刷所出版部、1937年
沢田久雄編『朝鮮・樺太・関東州・南洋諸島地名の読方及び人口表』日本書房、1938年
『最近検定市町村名鑑. 昭和16年版』福神出版部、1940年
文録社編輯部編『最近検定市町村名鑑. 昭和18年版』文録社編輯部、1942年




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