先日、親類宅で古くなった倉庫の解体作業を手伝ってきました。その作業中、小屋の中から思わぬ掘り出し物を見つけましたので、簡単にご紹介します。

今回倉庫を解体したいきさつは以下の通りです。10年前に他界した縁類の爺様(血縁関係なし)が、とにかくDIYに凝っていまして、ホイホイと小屋や倉庫を建てまくっていました。廃材をかき集めては小屋を建て、趣味で使っているようでした。なにせ敷地が広いものですから、土地に困らなかったのです。

その爺様が亡くなると、小屋を管理する人間はいなくなり、ボロボロに朽ち果てていきました。あまりにみっともないということで、ついに解体工事に踏み切ることになりました。

クソいてぇ!釘だらけの丸太に四苦八苦

しかし、小屋を解体するにあたって、大きな問題が立ちはだかっていました。

爺様がとにかく釘を打ちまくっていたのです。2年前に他界した元大工の祖父とは違って、件の爺様は本格的な大工経験がなかったようです。柱をとにかく釘打ちしていたので、柱一本取り外すのにも難儀しました。

柱を外すと、その奥には複雑な柱が組まれていて、それもまた沢山釘打ちされていました。柱を片付けるときだって、表面に突き出した五寸釘に気を付けて運ばねばなりません。廃材自体は丸太が多く、釘がなければ持ち運びしやすいものです。とにかく難儀だらけの作業でした。

浜名だ、吉永だ!それに・・・背番号15番・藤井だ!!懐かしい99年ダイエー伝説

そんな中、オンボロ小屋の中から次々に掘り出し物が出てきました。まずは古い能面(増女)を発掘。元々家の玄関に飾っていたもので、どうやら爺様が4~50年前に買ってきたものと聞きました。最近見ないなと思っていましたが、なるほど小屋の奥に置いていたんですね。

次に、古いベビーベッドが出てきました。ベッドを保護するのに新聞を使っていたのに思わず目が行き、日付を見ると1999年5月21日と刻まれていました。なんと今から19年前です。そうなると気になるのが、スポーツ欄ですよねぇ。

当時の鷹といえばダイエーホークス、おまけに1999年ときたらダイエー初の日本一になった年です。スポーツ欄に目をやると、ダイエーの活躍ぶりが書かれていました。前日20日の試合は東京ドームで日ハムと行われ、4対3で白星を挙げました。

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▲平成11年5月21日付『西日本新聞』
当時のスタメンは以下の通り。

(1) 柴原(右)
(2) 浜名(二)
(3) 井口(遊)
(4) 小久保(一)
(5) 吉永(DH)
(6) 松中(左)
(7) 城島(捕)
(8) 村松(中)
(9) 林(三)
(投手) 西村

(継投順)西村⇒篠原⇒藤井⇒吉田⇒ペドラザ

先発投手の西村さんは現在、実況解説でよく耳にしますね。今や指導者・実況開設者・スポーツ評論家でおなじみの面々が、ズラリとリストに名を連ねています。

このスタメンに現役の選手はもはやいません。今となっては昔話にすぎませんが、この1999年の大躍進ぶりは、ホークスを語る上で欠かせない伝説として後世に語り継がれることでしょう。

また、この年の勝利の方程式「炎の中継ぎ」と呼ばれた、4人のリリーフ投手(篠原・藤井・吉田・ペドラザ)の名前が見えますね。新聞記事を目にするだけで、当時の試合の様子が鮮明に見えてくる・・・そんな気がしました。藤井投手は今でも、多くの鷹ファンの心の中で生き続けています。

・・・で、解体作業はどうなった?

どうにか2日間かけて更地にできました。久しぶりに露出した土は、長年の乾燥ですっかりガチガチに固まっていました。本当にどんだけ~と叫びたくなるほどの釘に悩まされ、すさまじい量の廃材が発生しました。

おかげさまで手がビリビリ痺れています。ずっと重いものを掴んだり、ハンマーを叩きまくったからでしょうね。翌日は仕事だというのに・・・まあよう頑張ったなと、たまには自分を褒めてやろうと思います。




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