かつて、台北メトロ西門駅の南側には西本願寺という日本寺院(日本統治時代まで)がありました。

大きな屋根が特徴だった本堂は戦後、1975年に火災で焼失しました。その後、敷地上にバラックが建てられましたが、近年になって排除され、西本願寺があったことを記念する公園「西本願寺広場」に生まれ変わりました。

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▲「参道」説明板

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▲旧西本願寺参道
石敷きの一部は西本願寺時代のものです。欠損している部分は整備時に復元されました。

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鐘楼は旧西本願寺のランドマーク的存在です。
奇跡的に、鐘楼は破壊されることなく残存していました。整備にあたって鐘が復元されています。

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▲復元された西本願寺の鐘

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▲手すりの注意書き

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▲鐘楼から本堂跡を眺めて

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▲鐘楼から樹心会館を眺めて

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輪番所も整備時に修復が行われ、店舗に生まれ変わりました。三合院といい日本家屋といい、台湾人は古民家の活用がうまいです。

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▲「西本願寺広場」マップ

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南側にあるレンガ積みの建物は「樹心会館」といい、1923(大正12)年―李登輝元総統がお生まれになった年と同年―に落成し、仏教の教育施設として使われていました。修復前は屋根が落ち、壁も崩れかけていましたが、見事なまでに当時の重厚さを取り戻しました。

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樹心会館前には絵馬が飾られています。

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入口付近の建築様式「唐門」も見事なまでに復元されました。

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▲樹心会館の唐門

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▲「樹心会館」説明板
かつての台湾総督、児玉源太郎(在任:1898~1906年)が題した扁額「樹心佛地」がその名の由来です。

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▲「御廟所土台」説明板

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御廟所は本堂と同じく、現在では土台を残すのみとなっています。風化を防ぐため、土台の上にアクリル板が張られています。

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本堂は土台を残すのみですが、その大きさから当時の様子を想像するのはそう難しくはないと思います。

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▲「本堂台座」説明板

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▲本堂跡から鐘楼・樹心会館を眺めて

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▲「西本願寺」説明板
近年設置されたものですが・・・

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ご覧の通り、日本統治時代を示す表記が「日拠」となっていました。これは明らかに「中国国民党」の意向が反映されたものであり、現在(2014年9月)の台北市長もやはり、国民党の郝龍斌(在台中国人)です。

客観的な歴史に基づかない表記なので残念ですが、「日拠」表記に対するささやかな抵抗を見ることもできました。同じく写真上、「日拠」の部分にペケが付けられ、「日治」と書き足直されていたことです。
日本が行った良い面悪い面全てをひっくるめた、平等で客観的な歴史叙述を求める人々の強い心を感じることができました。

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日本語説明でも、「日本統治」ではなく「日本占領」という表記になっています。ここにも「統治」と付け足されていました。落書きするコト自体を良いといっているわけではありません、くれぐれも誤解されないように。

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台湾各地の主要駅(台北・基隆・新竹・台中・嘉義・台南・高雄)のうち、日本統治時代に建設された駅舎をかたどったレリーフが設置されています。取り壊された台北・基隆両駅舎以外はすべて現存しており、見ることができます。

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旧西本願寺から旧台湾総督府(中華民国総統府)が見えます。

撮影日:2014年7月8日
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  コメント
No title
こんばんは。

日本の影響を色濃くうけて
いますね。

終戦の時も台湾が負けたと
勘違いした人がいたと聞きます。

落書きは感心しませんが
気持ちとしては理解できます。
シンザ #- [ 編集 ]    2014年10月29日(水) 21:32
シンザさん
近年になってだいぶ減りましたが、相変わらず「日拠」表記の書かれているところがあるので、歴史学者の端くれとして指摘できるところはしていきたいものです。
西本願寺境内はだいぶ荒廃していたようですが、このように復元されて日本人として嬉しく思いますよ。樹心会館の復元のされ様には驚きです。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2014年10月30日(木) 00:19
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