台湾西部の都市・嘉義市をめぐります。『日本家屋の多い街・嘉義市を行く(夕方編)』では夕方の嘉義市街地をめぐりましたが、今回は朝の市街地を見ていきましょう。

嘉義といえば何といっても、台湾西海岸では屈指の「日本色の強い」街ですから、沢山の日本家屋を挙げることができます。今でも多数の日本家屋が残存しており、その量は台北や高雄顔負けです。おそらく、東海岸の花蓮とはいい勝負かもしれません。


「噴水鶏肉飯」のある噴水にやってきました。ここには嘉義農林学校野球部で活躍し、甲子園準優勝に貢献した投手・呉明捷の像があるのですが、夕方の姿も朝の姿も、実に勇ましいです。


嘉義駅前から呉明捷像のある噴水を経て、阿里山森林鉄道北門駅を目指している途中、「朝食店」に化けた日本家屋に遭遇しました。1階部分が店舗に改装されており、2階部分は原型をよく留めています。黒ずんだ木の壁が、時代を感じさせてくれます。


阿里山森林鉄道の踏切附近に到着しました。ここまで来れば北門駅はもうすぐです。
ふと足元に目をやると、古そうな標柱が建っていました。これは嘉義県道159号のキロポストで、「22」と刻まれていることから推測するに、ここは丁度、起点から22キロの場所なのでしょう。

ここで補足です。嘉義県道159号は六脚郷から嘉義市街地北部を経て、番路郷を結ぶ道路です。西半分は平地を、東半分は山里を進む快走路になっています。
159号甲支線は嘉義市で本線と別れ、番路郷で再度合流したのちも東進し、竹崎郷の石卓を終点としています。こちらは本線よりも山がちな場所を通るため、所々に「険道」区間が存在します。

台湾の「険道」・・・あちらもなかなか「マニアック」な道路があるみたいですよ?特に標高の高い中央部なんかは・・・

さらにもう一つ、台湾の道路について簡単な補足を付けておきます。台湾の道路には「国道・省道・県道・郷道」の4種類があり、これらはそれぞれ、日本の「高速自動車国道・国道・主要地方道(県道)・都道府県道(県道)」といって良いでしょう。ただし、国道とされている道路の中には交差点があったり、高速道路として扱われていない区間があるなど、一概に単純比較することは不可能です。


北門駅付近にやってきました。このあたりは日本統治時代の新高町です。かつて、一帯はヒノキ加工で賑わいを見せており、作業員生活の場として多くの木造宿舎が建設されました。現在でも至る所に、その姿を見ることができますよ。


▲阿里山森林鉄道の踏切


交差点に台湾とは縁もゆかりもない、南宋期の政治家・岳飛の石像があります。この人物は異民族(女真)に屈しなかったという点で、中国では長年英雄視されてきましたが、あれは中華主義に基づく過大評価です。


「桧意森活村」に到着しました。ここは元々木造宿舎が密集していたところを整備し、長屋をギャラリーや店舗として活用している施設です。
早朝にもかかわらず、敷地内には多くの見物客が集い、賑わいを見せていました。現在、嘉義では『KANO』ゆかりの地と並んでホットな場所です。


▲「桧意森活村」散策マップ


施設に面した通りはご覧のとおり、きれいに整備されました。このように、木材加工に携わる作業員の宿舎を整備した例は他にも、宜蘭県羅東鎮の「羅東林業文化園区」、花蓮県万栄郷の「林田山文化園区」等があります。


どの宿舎もきれいに整備されています。戦後、居住者が勝手に増築した部分(台湾ではこれを「違建」という)は取り除かれ、日本家屋本来の美しさが戻ってきました。


▲風車「クルクルクル・・・」

うっかり八兵衛「お・・・親分!」

八でなくとも水戸黄門ファンなら、きっとそう叫んでしまうでしょう。
一面の風車、風車・・・風車。嘉義でまさか、「弥七親分」のシンボルを見ようとは思ってもいませんでしたよ。ただし、これじゃ投げづらそうですね。


▲ご隠居「おお弥七か、ちょうどいいところに現れたのう」
弥七「おやぁ、ご隠居じゃねぇですか」

只今、「弥七のテーマ」が脳内再生されています(笑)


屏も道路も景観を考慮したつくりになっています。
「これも台湾の文化の一つなんだ」という、台湾人の自信・誇りが伝わってくる心地がしました。


整備されているのは建物だけじゃありません。池を中心に日本庭園も造られており、ゆっくり散歩することができるようになっています。


▲「桧意森活村」を歩く
宿舎街だったこともあり、木造長屋が多めです。筑豊にもこういった建物がたくさんありますね。


▲整備された木造長屋の一形態


「桧意森活村」の敷地外にも、日本家屋や日本統治時代に由来する建築物が多くあります。


▲北門駅入口に建つ木造家屋


場所は変わって、こちらは嘉義市街地中心部の路地裏に建つ木造家屋です。壁の木材が所々はがれており、整備されていない分、生活感がにじみ出ています。


最後にもう一枚、噴水ロータリーの呉明捷像を一枚撮影し、嘉義市街地での撮影を終えて駅に戻りました。

撮影日:2015年1月18日
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  コメント
うわ
凄い数の風車ですね、今じゃドラマもやってないから弥七親分も浮かばれるってもんです。俺の中では中谷さんが弥七ですから。


ただ、うっかり八兵衛な俺としては、茶屋の画像が欲しかったり(笑)。海外経験はないけど、行くならやはり台湾かな…。
焼きそば #t50BOgd. [ 編集 ]    2015年02月15日(日) 23:53
焼きそばさん
仰る通り、弥七といえば何といっても中谷さんです。60歳を過ぎてもダンディっぷりは1部から変わらず、ゆえに一番最初に水戸黄門を見たときから一番好きな登場人物でした。

昔から『水戸黄門』を知っていたら、中谷さんの訃報を知った時泣いたんでしょうね・・・里見さんも、横内さんも高橋さん(マッサンに出ていた時は「おお!」と驚きました)も高齢になりましたが、中谷さんの分までお元気でいらしてほしいものです。

たしか・・・あそこには茶屋とまで行かなくても、駄菓子屋か和菓子屋があったような気がします。お店を冷かしながら、木造宿舎をじっくり観察するのも楽しいかもしれませんね。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年02月16日(月) 00:54
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