台南で今一番ホットな歴史スポットといえば、何といっても「林百貨店」でしょう。

同百貨店は日本統治時代の1932(昭和7)年に落成し、台湾人によって「五層樓仔」という愛称名で呼ばれてきました。その愛称名が示す通り、建物は五階建てとなっており、当時の台南では屈指の高さ・建築水準を誇る建築物でした。内地でもそう多くはなかったエレベーターだってありました。

第二次大戦中には米軍による機銃掃射を受けており、当時の傷跡は今もそのままに残されています。戦後、建物は百貨店としての役割を失い、当初は軍関連の施設等に供されていましたが、時を経るにつれ次第に荒廃が進んでいきました。

近年になり台南市指定の史跡に選ばれ、大規模な修復工事が行われました。この時に荒廃により原型を失っていた内装は見事によみがえり、エレベーターも再び元の場所に設置されています。今では開業当初と同じ「百貨店」として、台南市民や観光客に親しまれているのです。

IMGP5126.jpg
▲林百貨店を正面から眺めて

IMGP5127.jpg
▲林百貨店入口の様子

IMGP5129.jpg
▲林百貨店の垂れ幕

IMGP5131.jpg
林百貨店の入口には大行列ができており、あまりの人数の多さに入場制限がかかっていました。中に入れるまでかなり時間がかかりそうなので、時間があるときに改めて訪れたいと思います。

26國民黨
実は林百貨店のすぐ横には「中国国民党」の支部があります。一つの場所に「日本的」「中国的」なモノが拮抗する様子は、1990年代以降の台湾を象徴しているといっても過言ではありません。

台南では蒋介石像が学校から撤去されていますし、だいぶ前には湯徳章記念公園の孫文像が引き倒されました。この事が何を示すか、分かる人にはわかるでしょうし、分からない人には何もわからないでしょう。

IMGP5132.jpg
▲林百貨店を側面から眺めて

IMGP5133.jpg
▲林百貨店の屋上にある神社「末広社」
林百貨店屋上にあった末広社は戦後も、鳥居・石灯篭・社殿の基壇といった構造物が残り、近年の百貨店修復にあわせて修復工事が行われました。残念ながら鳥居笠木は外れたままですが、丁寧な修復が行われたようでなによりです。今回は百貨店横の通りからかろうじて末広社の様子を収めたので、この場にてお送りします。

撮影日:2015年1月18日
関連記事




にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ にほんブログ村 地域生活(街) その他ブログ ゆるキャラへ

「ご当地」の魅力をより多くの方にお伝えするため、ブログランキングに参加中です。

バナークリックの方もよろしくお願いいたします。



上のリンクからチャンネル登録できます。台湾旅行に興味のある方、レイルファン・ご当地キャラファンの方、どうぞ気軽にお立ち寄りください。




スポンサードリンク
  コメント
wraさん
こんにちは。

いつも貴重な台湾レポありがとうございます。
しかし、不思議なもので日本にいながらwraさんの写真に
なぜか郷愁を感じます。

台湾は縁深く不思議な国ですね。
シンザ #MJIT/aOk [ 編集 ]    2015年05月02日(土) 17:42
こんにちは!
いつも台湾のことをご紹介くださって、誠にありがとうございます!
長い時間に台湾人が洗脳教育を受けてばかりで、中華民国の存在が要らないということはわたくしの両親と妹がぜんぜんわからないと思います。

Wraさんが台湾人より台湾のことを知ると思います。
ところで、Wraさんは中国語での文章が読めますか。
Yellow #- [ 編集 ]    2015年05月03日(日) 00:51
No title
中正路は、台北にもあるかと思いますが、各地にあるのでしょうか?

蒋介石崇拝がついに消えているようですが、外省人支配の忌まわしい時代からの脱却を意味しているのでしょうか?
国号も、与党も変わっていないとはいえ、雰囲気(?)は変わっているんですね。
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年05月04日(月) 14:32
Yellowさん
私の調べる限りではありますが、仰る通りやはり世代による認識の差はあるでしょうね。とりわけ1940年代~70年代生まれの「戒厳令世代」(阿扁の世代)は台湾人であっても「中国人」という認識を持っている方は結構おられるでしょうし、その最もたる例がいつも「皇民化」を対日・対台湾非難の材料にしている蔡正元でしょう。

「太陽花学運」で見られたように、党国体制脱却後に生まれ育った若い世代が正しい「国」作りの為に奮闘する様子を見ていると、我々日本人も「政治不信だ」「何も変わらないから投票に行かない」「政治について考えることは野暮ったい」等と言ってられないなと思います。

私は毎日のように台湾人ブログや中文の論文を拝読しているので、中文は大方読めますよ。大学では中国の中文を学びましたが、その後は独学で繁体字を学んだので、今ではすっかり先に学んだはずの簡体字を忘れてしまいました(笑)
wra #- [ 編集 ]    2015年05月05日(火) 00:27
シンザさん
毎度拙ブログをご贔屓にしていただきありがとうございます。

様々な記事で取り扱ってきたように、西海岸の主要都市にも内地人街・公務員宿舎街は残っていますが、台湾で一番郷愁を感じられる場所、それは何といっても東台湾でしょう。比較的早い時期から内地人移民が行われただけでなく、清代の時点で殆ど未開の地であったことから、東部のインフラは日本人による整備が大半です。

原住民文化にも同時に触れることができ、台北周辺を巡るパックツアーでは決して知ることのできない台湾の側面に出会えますよ。

一方で、東台湾にも清代以前からシナ・チベット系住民による集落はありました。それが現在の富里・池上郷にあたる地域で、日本色の強い東台湾の中では異色の、西海岸色の強い場所になっています。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年05月05日(火) 00:46
コメントを投稿する
URL(任意):
コメント:
Pass(削除用):