私にとって2度目の台湾訪問は2013年3月、大学のゼミ旅行のときでした。ゼミ仲間7~8人と一緒に行動するので、残念ながらパックツアー利用という形になりましたが、自由がきかない状況を逆に利用して、「行動が制限された中、どれだけ充実した旅にできる」か挑戦してみました。かなり自分本位な言い方になりましたが、もちろん友人に台湾を知ってもらうため、彼らに迷惑をかけないようにはするつもりです。

タイトルに「台湾通」とカッコ書きにしたのは、自嘲の意味合いを含めたかったからです。ただし、私は普段から偉そうに通ぶっているわけではありませんし、むしろ台湾に関しては「素人」だと思っています。私の心裡には、「日本人に忘れ去られた台湾の記憶を掘り起こす」という思いが強く根付いているので、毎回おのれの無知を恥じながら、「玉手箱」を開ける感覚で台湾の記事を綴っています。

台湾通の方々をからかっているわけではないのであしからず。前置きはそれくらいにして、それでは台湾3泊4日のツアー旅行記をお楽しみください。

1日目「旅客に紛れた二人目のガイド・台北」

(分かる方にはわかるかもしれませんが、小見出しは「水戸黄門」のオマージュです)

旅行初日の福岡は確か、曇り気味だったはずです。私はゼミ仲間と約束した集合時間よりも少し前に到着しました。友人の一人が既に空港に到着していたので、彼がいるチケットカウンター前に向かい、一か所に集まっておきました。それから30分以内に同行者が全員集まったので、早速チケットを発行してもらい、早々とイミグレーションを通過することになりました。

何の障害も起こることなく出国審査を済ませ、制限区域に出てきました。一人で空港を利用するときはいつも、出発ロビーでテレビを見たり、飛行機を撮ったりして時間を過ごしていますが、今回は連れがいるということで、友人と一緒に出発ロビーや免税店等を散策しながら時間を潰しました。個人旅行は自由が効いてよいですが、一人なので若干寂しい所があります。その反面、友人との旅行は話し相手がいるので、寂しいと思うようなことが少ないです。

友人と話しながら時間を潰していると、あっという間に登場時間です。今回搭乗するのは緑の飛行機でお馴染みの「エバー航空」、サンリオのマスコットキャラクター「ハローキティ」がラッピングされた「キティジェット」を利用します。私は旅をする中でしばしば「キティジェット」を利用することになりましたが、この時が初搭乗でした。

機内に入るとビックリ、至る所に「ハローキティ」があしらわれています。シートカバー、クッション、さらに座席備え付けのモニターに映るアニメーションも「ハローキティ」です。サンリオファンは大喜びすること間違いなし、そう思いながら機内を眺めつづけていました。今回は残念ながら、窓際ではなく機内中心部に押し込められる形で座りましたので、外を見ようにも見られません。荷物を棚に収めていた友人も落ち着いたので、離陸するまでずっと世間話をしていました。大学の単位の話、今まで訪れた旅行先の話、今回の旅行に自由行動があるからどこに行きたいか等、挙げるときりがありません。

離陸した後は座席備え付けのモニターをいじり、チャイナエアラインには無かった台語の音楽を聴きながら、フライト情報をずっと眺めていました。この時は「早く桃園に着かないか」という気持ちよりも「早く機内食は来ないか」という気持ちの方が強かったです。

離陸してから数十分後、ようやく待望の機内食がやって来ました。「腹が減っては戦ができぬ、空の上の戦場だ」といわんばかりに、機内食が来るのを楽しみにしていました。トレーが自分のテーブルに届いた後は、ちょちょいと料理を写真に収め、まずはパンをかじります。CIにしてもエバーにしても、飛行機のパンは届いてすぐにいただかないと、せっかくの美味しさが落ちてしまいます。

メインはいかにも台湾らしく八角が効いた鶏肉、付け合わせのサラダには「キティジェット」らしく「ハローキティ」のリボンをあしらった蒲鉾が付いていました。食後にはデザートのアイスが付いてきましたが、こちらのパッケージも「ハローキティ」でした。恐るべし「キティジェット」。

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食事に満足した後は音楽を聴きながら時間を潰します。この時はあまり友人と話をすることなく、個々が好きなことをやって過ごしていました。

福岡出発から約2時間、ついに台湾島上空に突入しました。まもなく私にとっては2度目となる台湾に到着です。あいにく窓からを都の景色を眺めることはできませんが、飛行機のエンジン音が変わり、着陸態勢が近づいているのを感じ取ることができました。着陸はまだかまだかと気にしながら機内を泳がせること5分、突然の衝撃音に驚き、ついに桃園空港着陸を迎えました。

一人旅だと、着陸後はそそくさと入国審査場に移動するものですが、今回は大人数を連れているのでゆっくり移動していきます。棚から荷物をおろし、CAさんに一礼して機外に出るとさすがは亜熱帯、福岡よりも幾分か生ぬるいです。連れが全員揃うのを待ってから、「入境」の看板にしたがって長い通路を進んでいきます。

イミグレーションを通過後、機内預かりの荷物を受け取り、晴れて到着・・・の前に、両替を済ませておきましょう。何にてこずったのかはわかりませんが、両替から到着ロビー移動まで30分ほどかかりましたが、私はその理由を知りません。到着から1時間ほどかけて、ようやく到着ロビーに「到着」です。

今回、偶然にもブログを通じて交流のある、旅行ライターの玉越氏が近くまでいらしていました。時間が合えばお会いしたいと考えていましたが、とんとん拍子でうまくいくはずがなく、到着ロビーで旅行会社の出迎えを受けた後はそそくさと、送迎バスに乗り込むことになりました。想定内だったとはいえ、ここで初めて、自由の効かないツアーの洗礼を受けてしまいました。申し訳ないです。

送迎バスはライトバンで、運転手の男性は日本語が話せました。見た目は60代ごろと比較的若く、陳水扁前総統と同世代の所謂「戒厳令世代」生まれかもしれませんが、それにしても見事な日本語です、かなり勉強されたのでしょう。一方、隣の席に座っている友人は初めての台湾に興奮気味だったので、三合院住居や台湾高鉄の高架が見えるたびに教えてやると、とても喜んでいました。

空港を出たライトバンは飛ばし気味に高速道路を進み、台北市街地を目指しました。台北ICから下の路に入り、数か月ぶりの台北市街地を眺めながらホテルを目指します。友人は早くホテルについて休みたいといっていました。

空港から約1時間、ついに今回の宿「ガーラホテル台北」に到着しました。こちらは日本人御用達のホテルの一つで、ツアー客がたくさん泊まっています。ホテルに到着後、部屋に入って荷物をおろし、少し疲れていたので20分ほど友人と話をしながら寛ぎました。さすがは大手旅行会社のパックツアー、普段泊まる格安ホテルとは一味もふた味も違う、グレードの高い内装のホテルに3泊もできます。ベッドは大きくてフカフカだし、夜はきっと安眠できるでしょう・・・友人のいびきさえなければ。

さて、ホテル到着から次の行程まで1時間ほどあります。この時間はホテルの中で待機する時間といっても過言ではありませんが、何かもったいない。1時間を有効活用できないかと思い、地図でホテル周辺の様子を探ってみたところ、近くに林森公園(三橋町墓地跡地)があることが分かったので、早速足を運んでみることにしました。友人を連れていこうと思いましたが、残念ながら「疲れたから動きたくない」という返事が返ってきたので、仕方なく私一人だけで歩いて移動します。

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ホテルから歩くこと15分、目的地の林森公園に到着しました。こちらには日本統治時代、ときの台湾総督・明石元二郎(福岡出身)の墓所が置かれており、現在では市民憩いの場として整備されています。また、90年代までは在台中国人のバラックになっていました。市民に交じって公園内を歩くと、やがて神明鳥居2基が見えてきます。これは明石元二郎・鎌田正威(明石の秘書)両人の墓地に建立されていたもので、林森公園整備後は二二八和平公園に移設保存されていましたが、最終的に元々鎮座していた現地に戻され、現在に至ります。

午後の綺麗な空を交えながら、鳥居の姿を写真に収め、満足げにホテルへと戻りました。余談ですが、明石の墓所といえば台湾北部・三芝にあるものが有名ですが、福岡市内の勝立寺にも遺髪を収めた墓があります。

ホテルに再度戻り、友人と林森公園の話をしながら時間を潰すこと20分、ツアー移動の時間になりました。これから皆様ご存知の「鼎泰豊」へ、名物の小籠包を食べに行きます。ここからは大型バスでの移動となり、ガイド氏が添乗して台北市内の案内や雑談をしてくれます。バスが進むにつれ徐々に日が暮れていき、鼎泰豊に到着すると空は薄暗くなっていました。

鼎泰豊には少し前に来たばかりなので、大まかな雰囲気は知っています。周囲の風景に見惚れることなく、店員の案内で店内の階段を上がり、夕食会場に落ち着きました。鼎泰豊といえば小籠包ですが、それ以外にもたくさん出てくるようなので楽しみです。

やがて蒸したての小籠包が出てきました。せいろの蓋を開けると、温泉街で立ち上っているような蒸気とともに、美味しそうな小籠包が顔をのぞかせています。実は小籠包というのは冷めやすいものなので(経験上)、中の餡が熱いうちにいただきましょう。やっぱり本格的な小籠包は冷凍物と大きく違い、中にうまみの凝縮された汁が沢山詰まっています。

続けざまに数種類の小籠包が出てきたかと思いきや、さらに炒飯と酸辣湯も出てきました。酸辣湯は私の好物です、絶対美味かろうと思い一口啜ると、予想以上のうまさに大満足しました。中に入っていた、鴨の血を固めたものがよかった。

夕食後はしばらく永康街エリア(福住町)を自由散策するように言われました。私は友人2人を連れ、近くにある日本家屋を見に行きました。実際には「鼎泰豊」よりも1キロほど南に行かないと、日本家屋の密集エリアにはたどり着かないのですが、永康公園の近くにも2件ほど辛うじて残存しています。日本家屋を見せたときの、友人の感慨深そうな顔は忘れられません。

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永康街エリア(福住町)散策はあっという間に終わり、続いてデザートを食べに行きます。永康公園の近く(店名は失念)にあるスイーツ店に入り、ここでマンゴーかき氷か白玉汁粉のいずれかを選べるという話を聞いたので、寒がりの私は白玉汁粉《中文名:湯圓紅豆湯?》を注文しました。

白玉はもっちりとして柔らかく、若干さっぱりとした汁粉になっており、小豆がどちらかというと苦手だった私でも美味しくいただくことができました。一方、マンゴーかき氷を注文していた友人は、その冷たさに悪戦苦闘しているようで、なかなか皿の中身が減りません。結局完食できずにダウンし、残りはずうずうしくも私が平らげることになりました。実を言うと、この頃から食に関してはかなり貪欲になり始めていました。

夕食の後はもう行程がないので、バスに乗り込みホテルに戻ります。これで1日目の行程はすべて終わったことになりますが、ホテルに戻ってもまだまだ眠りにはつきません。友人が「コンビニに行きたい」というので、すぐ近くにあるセブンイレブンに立ち寄り、夜食の弁当を購入しました。会計を済ませていると、友人の一人が煙草の購入に難儀しているのに遭遇したので、助け舟を入れようと思ったところ、偶然居合わせた客の中年男性が英語を交えながら彼を助けてくれました。

友人も無事に煙草を購入できたことだし、ホテルに戻って弁当を食べて初日を締めくくりましょう。弁当はいわゆる「国民弁当」で、駅弁のごとく白飯の上に肉が乗ったスタイルです。既に満腹ということもあり、これといった感動はありませんでしたが、不味くはなかったと思います。

無事に台湾ツアー初日を終え、翌日もうまいグルメに沢山ありつけるか、楽しみな気分を抑えきれないまま寝床につきました。残念ながら友人のいびきが激しく、寝付くまでに3時間ほどかかりましたが、疲れはどうにか取れたと記憶しています。

2日目「ツアーが生んだ一期一会・台北」


私の2日目は友人たちよりも2時間ほど早く始まりました。ホテルにはちゃんと豪華な朝食が用意されているのですが、どうしても前回いけなかった「阜坑豆漿」に行っておきたかったのです。眠る友人を起こさないよう、静かに準備を済ませ、朝焼け残る台北の街にかけ出しました。ホテル最寄りの行天宮駅からメトロで数駅移動し、途中1回の乗り換えを経て、善導寺駅に到着しました。今回目指す「阜坑豆漿」は同駅のすぐ横側にある、華山市場の中にあります。

「阜坑豆漿」には朝食を求めて列ができていましたが、以外にも列は長くなく、10分もしないうちにカウンターに到着することができました。この頃は会話に自信がなかったので、前もって記入して置いたメモを渡して商品を購入することにしました。今回は時間があまりないので、薄餅加油条(中華風薄いクレープに中華風揚げパン・ねぎの卵焼きを挟んだもの)と熱豆漿(温かい豆乳)をテイクアウトで購入し、ホテルに戻ってからいただきました。

揚げパンと投入の朝食は意外にもボリューム満点で驚きましたが、ホテルの朝食も楽しんでおきたいので、目覚めた友人を連れてホテル一階のレストランに向かいました。バイキング方式になっており、台湾名物の魯肉飯を好きなだけ食べることができます。私は魯肉飯と温かい豆乳、そしてサラダを胃袋におさめておきました。

朝食を終えた私たち一行は、迎えのバスが来るまで20分ほどロビーで過ごすことにしました。ツアーだと自由行動以外はすべて旅行会社側が手配してくれるので、のんびりと待つことができてうれしいです。ただ、これが返って暇だと思うこともないことはないのですが。

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迎えのバスがやって来ました。件のガイド氏に手招きされて乗り込み、これから双連朝市を散策するため移動します。メトロ双連駅前で降ろされ、20分ほど朝市を自由に散策しました。市場では新鮮な野菜・フルーツを取り扱う店舗が目立ち、ツアー参加者の中にはフルーツを買って食べる方の姿が目に付きました。市場のすぐ横には台鉄淡水線の廃線跡を転用した緑地帯があり、その真下には台北メトロレッドラインが通っています。

その緑地帯を友人と一緒に散策していると、80代―ちょうど私の祖父と同じ年代―であろう古老の集団に遭遇しました。笑いながら談笑する私たちを見て、「若いなぁ・・・」と懐かしそうな目をしながら語っておられたのが印象的です。この後、私はこの老人から昔のことを聞き出しておけばよかったと後悔しました。このことが後の台湾旅行の方針に大きな影響を与えたのは言うまでもありません。

日本語世代は高齢化のため年々人口が減っているので、今のうちに沢山の話を聞き、わが心に刻んでおかないと後で後悔する日が来ると思い、現在では旅行するたびにそういった方との会話を大切にしています。

双連朝市散策はあっという間に終わり、続いて「台湾観光のメッカ」九份に移動します。これからよほどのことがない限り、個人旅行で九份を訪れることはないと思うので、今回訪れるのを一番楽しみにしていました。我々を乗せたバスは一路、市街地東部を目指して走り出し、堤頂ICから高速に乗ったと記憶しています。そのまま一高を東に進み、大華JCTで万里瑞浜バイパスに乗り換えて瑞芳ICで下の路へ。

一般道に降りた後は瑞芳市街地を進むのですが、車から眺める地方の風景は格別で、いずれ車でドライブしたいと思うようになりました。宜蘭線の線路を越えると九份まであと少し、急な坂道とカーブを抜けていきます。さすがは台湾観光のメッカなだけあって、小さな道といえども大型バスと何台もすれ違っていきます。

ホテルを出てから1時間、ようやく2日目最初の目的地・九份に到着しました。アーケード入口にある展望台前でバスを下ろされた私たち一行は、ガイド氏から九份名物のデザートを食べた後は自由行動になる旨を聞き、料理が用意されている店を目指して歩き始めました。到着した店は意外にも小さく、空いているテーブルを見つけて腰を下ろしました。デザートが来るのを待つこと10分だったでしょうか、ようやく九份名物の芋団子汁粉が到着しました。これもツアー代に入っており、勘定を心配する必要はありません。

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芋団子汁粉の汁はさらさらで、前日永康街(福住町)でいただいた汁粉によく似ています。小豆は底に沈んでいるので、スプーンで少し混ぜてからいただきます。芋団子はもちもちで、白玉によく似た触感です。これ以降、私が白玉ぜんざい好きになったのはおそらく、台湾で汁粉をいただいたことがそもそものきっかけかもしれません。

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デザートを食べた後は自由行動ということで、普段一緒に行動している友人と2人で九份をめぐることにしました。一通りアーケード内の店を冷やかした後は、アイスクリーム・ピーナツ飴・パクチーを巻いたクレープを食べながら、路地を散策することにしました。

台湾の猫村といえば猴硐ですが、九份にもたくさんの猫が住み着いています。路地を歩けば猫に当たり、その都度足を止めてカメラを向けていると、あっという間に集合時間になりました。おかげさまで、かの有名な建築「阿妹茶館」は軽くスナップしただけです。

九份散策も長いようで短く、あっという間に集合時間を迎えてバスに乗り、後ろ髪をひかれながら台北に戻ります。九份の絶景を愉しんだ後は、もっぱら台北を巡ってまわります。少し腹が減ってきましたが、昼食の前に今回宿泊したホテルのすぐ近くにある行天宮に立ち寄ります。私は中国に行ったことがありませんが、こちらの廟には中国っぽさが色濃く漂っていました。お祓いをしてもらったところ、不思議なことに後味の悪さを感じました。ゆえに廟内の装飾・像は立派で好印象でしたが、なぜか後味が悪かったので詳細はスルーします。

後味の悪かった行天宮参拝を終えると、ようやく皆さんお待ちかねの昼食タイムです。今回、2日目は昼食・夕食ともに本格中華料理店での中華料理でした。バスは台北市内のホテルか何処かで止まり、降りて建物に入るよう言われたので、ホテルに入るとテーブルに「これでもか」というほど大量の炒飯・麻婆豆腐といったおかずが並んでいました。格安ツアーの類とはいえども侮れない、こんなにおしゃれでしかも大量の中華料理がてんこもりになっている!

どんなに食べ尽そうと思っても、確実に残るほどの量だ・・・人一倍食い意地のある私は、食事時間を目いっぱい使い、次から次へとおかずを胃袋の中におさめるのでした。

今回出された昼食の中でも、ハマグリスープを一番気に入ってしまい、昨年まで大の貝嫌いだったとは思えないほどの量を食べ尽しました。おかげで取り皿には貝殻の山が出来上がり、食後その姿を見て、我ながら驚いたものです。結局、長年続いた貝嫌いは単なる「食べず嫌い」にすぎなかったのです。

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続いて、台北観光ツアー2番目の訪問地・国民革命忠烈祠に到着しました。いわゆる「衛兵交代式」で有名なところで、もとは台湾護国神社でした。

到着後、友人を含むツアー参加者はこぞって衛兵交代式を見に行きましたが、私は護国神社時代と現在の敷地を比較するため、敷地内の色々な場所を歩いて回りました。もしかすると、世間で取り上げられていないような護国神社時代の遺構があるのではと思い、壮大な散策計画を立てていましたが、あるのは「中国寺」だけでした。近くには軍の基地が密集しているので、奥深い場所にズカズカ行くわけにもいきません。結局何も見つからず、失意のまま旧護国神社を後にしました。

もとの護国神社を出発したバスはいったん東に進み、トンネルで剣潭山を抜けてから士林方面に出てきました。これから目指すのは国立故宮博物院、これから有名な玉の白菜や玉の角煮等を見学するようになっています。

国立故宮博物院に到着後、長い通路を通り館内に入ります。実をいうと、故宮見学の記憶はほとんど残っておらず、長い通路をとにかく歩いたということ以外は頭に残っていません。「故宮には中国人が多い」という評判はその通りで、入口付近では中国人のざわめきがこだましていたような気がしますが、個人的には不快になるほどのものではありませんでした。

また、2日目のバスツアーでは格安ツアー名物「免税店への強制連行」が行われました。私は免税店での購入に興味がなかったので、土産物を探す友人と一緒に店内をぶらぶらするだけでした。立ち止ることなく、マグロのごとく常に動きまわっていましたが、とうとう店員に「拘束」(商売なので店側は必死)されてしまい、友人はあえなく高めの茶葉を購入するに至りました。私ですか?何も買ってませんよ。

夕食は豪華中華ディナーということで、ホテルに併設されたレストランに連れていかれました。夕食は昼食よりも豪華なもので、高級料理として有名な「北京ダック」も付いています。こちらも昼食と同様、半端ない量が供されているので、遠慮なくガッツリと行きましょう。

おかずを皿に大量盛りしても、大皿の中身は減る気配を見せず、最終的にいくつかのおかずが残りました。それでもたくさん残っているわけではなかったので、私を含め参加者はかなりの量を食らったものと思われます。例の北京ダックも5個ほど残っていましたが、胃袋の容量オーバーを警戒してか誰も手を付けようとせず、結局私がここぞとばかりに平らげました。

食事に大満足した一行は、続いて「台湾観光のメッカ」のひとつ・士林夜市に足を運びました。初回訪問時、カットフルーツ店でボられた思い出のある場所です。今回は十分に予習してきたので、フルーツ店で試食の誘いがあっても決して振り向きません。件の店はスルーして、友人と一緒に地下の美食街に行きました。夕食後ですが、せっかくなので何か腹の中におさめておきましょう・・・ということで、私は魯肉飯を、友人は坦仔麺を注文しました。

食事をがっついていると、向かい側に座っている相席の夫婦がおもむろに「日本人ですか?」と話しかけてきました。これはいい機会、一期一会の精神で話を楽しもうと思い、10分ほど世間話に花を咲かせました。

この夫婦にはもう二度と会うことはないかもしれませんが、私にとってかけがえのない思い出の一つであることに何ら変わりありません。旅するたびに、「一期一会」の意味を理解できるようになりました。これからも偶然の、一度限りの出会いを大切にしたいものです。

「夜食」を済ませ、集合場所のメトロ剣潭駅に移動すると既にほかのメンバーは全員集まっていました。ここでガイド氏から胡椒餅を渡され、がっつきながら士林夜市散策は幕を閉じました。今回のツアーでは件の「白玉汁粉」や「胡椒餅」など、ツアー代込で間食の提供があり、食いしん坊にはたまらない行程でした。さすがはパックツアー、短い時間で充実した体験をすることができ、個人旅行とはまた一味違う良さがあるんだな・・・と痛感した次第です。

(3・4日目編につづく)
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  コメント
No title
こんばんは^^
台湾グルメは美味しく、お値段も
お手頃なので、以前に行ったときから
また楽しみたいなと思いましたね~。
九フン等の有名スポットの他にも
あまり知られていないようなスポットも
たくさんあるのでしょうね^^
テン3 #- [ 編集 ]    2015年07月06日(月) 00:23
テン3さん
そりゃあもう台北周辺だけでも、見る価値の十分にある物件は沢山ありますよ。個人的に一番おすすめしたいのは、原住民関連の施設が多い山間部です。台湾=中華という固定観念(あながち間違いではありませんが)に凝り固まった人々にぜひ、原住民文化を知ってもらいたいものですが、残念ながらツアーではあまり扱われない分野なので残念です。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年07月06日(月) 14:45
No title
長榮航空の兎がハローキティのに似ていて、気になっていましたが、サンリオと提携しているとは!

今やゼミ旅行も海外に行く時代なんですね。。

戒厳令世代とは、1945-1985年頃(?)に戒厳令が敷かれていた頃の世代でしょうか?

北京ダックは、台湾にもあるんですね。
やはり外省人が持ち込んだ経緯があるんでしょうね?

やはり、現代台湾観光では九[イ分]は外せないようですね。
帯広ー台北チャーター便が、確か1度だけ日本在住者向けツアーを出し、勧誘されましたが、そのとき初めて知りました。
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年07月06日(月) 21:26
レラティーさん
台湾の食の多様性は外来政権によるものといっても過言ではありません。ツアー参加だとあまり実感できないかもしれませんが、現地では和食も非常に好まれています。豆花や豆乳は中国由来ですし、日本人や中国人によって豊富な食材が持ち込まれてきたんですよ。

戒厳令世代は基本的に、レラティーさんの仰る通りの認識で構いません。この世代には反日的な台湾人も少数ながら存在し、「皇民化問題」をしきりに取り上げて喚きたてていることで有名な、国民党の蔡正元(1953年生)がその代表格です。「台湾人は親日、外省人は反日」と決めつける方を散見しますが、この図式と真逆のケースもあるので注意が必要です。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年07月07日(火) 17:42
こんにちは!
中国語でコメントを書かせていただきます。
很長的文章,我分成3次閱讀完畢,我一直很喜歡您寫的遊記,所以,一個字一個字慢慢地閱讀,感受您和您的朋友來台灣旅遊的過程。我也喜歡一個人用走路的方式,邊看風景邊拍照片,我只要有放假都會四處走走,拍拍照。我也是屬於捨不得可以吃的東西被浪費掉的人,但是除了蔬菜以外,其他的東西我都無法吃得很多。

在文章的開頭您寫了「日本人に忘れ去られた台湾の記憶を掘り起こす」這句話,讓我很感動,身為台灣人,因為時代流轉,不得不被現在的流亡政權管理,我有時想著假如有一天被大陸用武力侵犯被迫變成大陸人,那時的我該怎麼辦,留在台灣,還是離開台灣,希望在我死之前,台灣不會被大陸併吞。
我很喜歡您看台灣的角度,充滿了拜訪老朋友的親切感。謝謝您總是這麼仔細地敘寫。
Yellow #- [ 編集 ]    2015年07月10日(金) 16:35
Yelloさん
感謝留言。毎次我文章很長長,麻煩您。

現在多日本人喜歡去台灣旅遊,但他們不理解本地而光理解「中華民國」啊!
團體旅遊大概去臭頭廟(當次不去了),日本人不理解那裡的本質。現在也有一部分日本人説「『中正先生』(臭頭仔)解放了『日據』台灣,他是台灣英雄,他樹立了現代台灣之根本(他光貪日治遺產)」・・・我想著非常可惜。所以我對朋友奬励台灣旅遊之時,告訴他「你應該用自由行而知道台灣的本質」。

近年前我没有台灣朋友,直接不能聽了當地的意見,但是把一個部落格、youtube頻道創設以来,Yellow小姐等台灣人的聲可以及我了。台灣未來應該由台灣人的決定,把中共支那人野心絶對不得。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年07月11日(土) 01:07
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