2015年7月28日、福岡県北部の「宗像・沖ノ島と関連遺産群」が文化審議会によって、2017年世界文化遺産登録の候補地に選ばれました。

これで世界文化遺産登録が決まったというわけではなく、これから審査など様々なハードルを越えなければなりません。とりあえず大きな壁を一つ越えたということで、登録推進のため活動されている関係者の方に祝福の意を申し上げるとともに、一宗像市民として、引き続き活動を大いに支持する旨を示す次第です。

今回候補地に選ばれた「宗像・沖ノ島と関連遺産群」は、沖ノ島・沖津宮(沖ノ島)・中津宮(大島)・辺津宮(本土)・「新原・奴山古墳群」の5つによって構成されています。拙ブログではこれまで、せいぜい辺津宮を取り上げるに過ぎず、関連遺産群について細かな言及をしてきませんでした。吹けば飛ぶような小ブログながらも、関連遺産群の歴史的重要性や魅力を取り上げていきたいと考えております。

本題に入ります。2010年、私は福津市勝浦・奴山両地区にある新原・奴山古墳群を訪れました。付近には宗像地方最大規模の古墳群があり、同古墳群以外にも須多田古墳群、勝浦高原古墳群や、石室内に石柱のある高句麗様式の勝浦峯ノ畑古墳、宗像地方最大級の前方後円墳・在自剣塚古墳(以上、福津市)、同地方唯一とされる装飾古墳・桜京古墳(宗像市)など、じつに個性豊かな古墳が分布しています。福津市北部にある古墳は「津屋崎古墳群」と総称されることもあります。

国道495号線以西―宗像唯一の方墳があるエリア

新原・奴山古墳群のうち、国道485号線よりも西側のエリアには前方後円墳1基・方墳1基を含む8基ほどが残されています。このエリアの古墳には若番が振られているのと、宗像地方では唯一とされる方墳(7号墳)が存在するのが特徴です。


▲円墳(番号不明・おそらく3号墳)
ちょうど草刈り直後のようで、墳丘を見やすい状態になっていました。


▲円墳(番号不明・おそらく4号墳)


▲前方後円墳(12号墳)
立派なずんぐり墳丘です。


▲方墳(7号墳)
地図を参考にしながら場所を特定しましたが、もしかすると違うかもしれません。墳丘はなだらかで楯状火山(アスピーテ)を思い起こさせます。

国道495号線以東―古墳群最大の22号墳があるエリア



▲破損した円墳と思しき構造物(18号墳?)
新原・奴山古墳群を構成する古墳は概して保存状態が良いです。その一方で、1号墳(前方後円墳)のように道路拡張でほぼ破壊された例もあるし、自然に任せて崩れていき、風化して原型を殆ど留めていない例も少なくありません。上の写真は風化した古墳と思い撮影しましたが、もしかするとただの土くれかもしれません。


▲前方後円墳(24号墳)


▲円墳(15号墳)


▲円墳(20号墳)


▲22号墳(帆立貝形古墳)
飯を盛ったように、こんもりとした丸い丘が特徴的な22号墳は新原・奴山古墳群の中でも最大級の墳丘を有しています。元々は西都原古墳群の男狭穂塚と同じ帆立貝形だったようですが、現在では前方部を失って円墳のようにみえます。また、墳丘は神社に改装されており、鳥居が建っています。


▲21号墳(円墳)に建つ百塔板碑
貴重な石碑があるということで、21号墳の墳丘には柵が設けられて入れないようになっています。


▲円墳(25号墳)


▲円墳4基が眠る森
現在この森は大方伐採され、墳丘を見られるようになっています。


▲円墳(番号不明・31号墳?)
手前には丸い墳丘が可愛らしい30号墳(前方後円墳)があります。あいにく、ピンボケ写真しか持っていないので割愛いたします。再訪次第、新しい写真を取り直したいと思っていますので今しばらくお待ちください。


▲円墳(番号不明・33号墳?)


▲円墳(34号墳)
墳丘側面にはまだ真新しい発掘調査痕が残っています。


▲円墳(番号不明)


▲円墳(番号不明)


▲円墳(番号不明)


▲円墳(番号不明)


▲ずらりと並んだ円墳


▲丘陵上から新原・奴山古墳群を一望して
一番奥にうっすらと見える陸地は恋の浦海岸で有名な渡半島です。

撮影日:2010年6月15日
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  コメント
祝「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺跡群」 文化庁世界遺産審議会ユネスコへの推薦決定!
こんにちは。
まずは宗像原住民として、この運動に関わられた皆様に「ありがとうございます!」

世界遺産推薦の条件として新原・奴山古墳群の調査が足りていないと以前はねられた記憶が有りますので、これをきっかけにこの地域(桜京~手光波切不動古墳等)の再調査などが行われ、新発見があればと勝手に期待しています。
この地域に有力者の物と思われる古墳が特に多いのは、海に生きた人々。特に戦士や航海者は「海の見える所に葬って欲しい」といったことなんじゃないかと思います。
航海を見守るとか西方より侵攻されることを防ぐ守り神的な意味があったと考えると浪漫があるなと勝手に思っています。

航海の安全を祈るという点では、航海が失敗だと殺され、上手くいくと褒美をもらえたと魏志倭人伝に書かれている持衰も思い起こされますので、そういった方も葬られているのかな?。

注目度もアップされるので、今後の新発見に期待です。
(^^♪
鳥島 #- [ 編集 ]    2015年07月29日(水) 14:20
鳥島さん
こんばんは。宗像地域の自治体はこれまで、観光業や歴史研究を行わせるよりもむしろ、丘陵地を舞台に住宅開発ばかり行ってきたきらいがあるので、もし世界文化遺産に登録された場合、増えるであろう観光客をどのように収容するか懸念を抱いております。

ここ10年で道の駅を建設したり既存施設の改修を行ってはきましたが、それでも何か不足しているような気がするのです。これから史跡や世界遺産で町おこしを行う自治体から、どんどん町おこしのノウハウを学ぶ必要がありそうですね。できれば私も歴史を学んだ経験を活かして、宗像のために携わりたいと考えています。

調査が行き届いていない古墳に関する情報をつかみ、より世界遺産にふさわしい要素を見出す必要がありそうですね。あいにく私は文献史学なので、あの分野は考古学の方頼みになりますが・・・
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年07月29日(水) 21:35
No title
宗像市には、数多くの遺跡があり、世界遺産への道も開けてきているようですね。

古墳ですが、単なる山盛りに見えてしまい、キャプションが無ければ気付かなかったことでしょう・・・
堺市あたりにある、はっきりとした形のばかり連想していましたんで。

沖ノ島?
宗像市にある離島のようですね?
そちらにも遺産があるようですが、九州本土からは船を使うことになり、市内とはいえ移動が大変そうですね?
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年08月02日(日) 09:58
レラティーさん
個人的には航空写真からでも確認できやすい古墳が沢山あると助かります。とはいえ森と一体化してしまった物件が沢山あるので、現地に足を運んで確認しないと、詳しい形状を把握できないことは度々です。古墳について調べてみる時は、調査報告書もかなり役に立ちます。

沖ノ島といえば古代の祭祀遺跡ばかり注目を集めがちですが、その一方で70年前の砲台跡も残されていると知りかなり気になっています。大社の敷地内ということもあり、そう簡単に入島できないのが残念です。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年08月02日(日) 23:18
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