今回お届けする愛宕神社は宗像市南東部、冨地原(ふじわら)地区に鎮座しています。この冨地原という地名は宗像屈指の難読地名で、私も宗像に来たばかりころは何と読むのかわからず、しばらく戸惑ったのを覚えています。

悩みに悩んだ挙句、冨地原を「とみじはる」と読んでしまったのは内緒。

加えて、ここ一帯は私にとっていまだに馴染みの薄い地区でして、車でもあまり通ることがありません。宗像~宮田市街地を結ぶ県道653号線が通っているので、仕事で宗像と宮田を行き来している方ならひょっとすると、馴染みある場所かもしれません。

愛宕神社はもとの名を太郎坊神社といい、平安中期の940(天慶3)年にときの宗像大宮司・宗像氏男が山城国愛宕大神を勧進して創建されたといわれています。氏男と聞いて真っ先に室町期の大宮司・氏男を思い出しましたが、どうやら歴代大宮司に氏男は少なくとも2人存在していたようです。

神社創建から少し経った964(康保元)年、兵が乱れたとき、愛宕神(カグツチ)を信仰していた宗像氏家臣の吉田重平なる人物に戦功がありました。そこで重平は社壇を修築して、さらに4柱(宗像三女神、アヤカシコネ)を祭祀の対象に加えたとされています。


▲愛宕神社入口
鳥居、灯篭、石垣、玉垣といい、しっかりとした造りになっています。開けた場所にあるので、山にある神社と違って構造物を設置しやすいのでしょう。


▲愛宕神社祭器庫
建物の真ん前に樹木が聳え、建物全体を写すことはできません。いつ建築されたか確認していないので分かりませんが、だいぶ前に建てられたようで、屋根瓦がいい味出しています。


▲愛宕神社手水舎


▲岩の形を活かした手水鉢
手水鉢の外形は、切り出された後の岩そのもの。真ん中に刻まれた「献」の字がゴツゴツした手水鉢と調和して、和の趣を存分に出しています。ここの手水鉢にしても、糸島市産宮神社の「岩の鳥居」にしても、個人的に岩の外形を残した構造物には大いに好感を持てます。


▲愛宕神社土俵


▲愛宕神社神楽殿
ここ愛宕神社には土俵、神楽殿のほか、後述する社務所も揃うなど、旧村社にしては広い境内・充実した施設を持つ神社であることが分かります。


本丸たる愛宕神社の鳥居とは別に、末社用の鳥居も設置されています。扁額に刻まれているのは「菅原神社」、つまり天満宮です。

鳥居の前に、先端の破損したどす黒い石柱2本が建っていますね。気になったので近づいて観察してみたところ、これはもともと鳥居だったものでした。破損した鳥居の部品が近くにまとめて置いてあり、今なお建ち続ける石柱の出自を示しています。

鳥居の柱だけ立つ様子は、あたかも須恵地区にある福足宮旧一の鳥居のようです。福足宮に関しては拙ブログ記事「福足宮(宗像市須恵)」を参照のこと。


▲末社鳥居に使用されていたと思しき、古い鳥居の石材
扁額には愛宕社と刻まれています。もしかすると、この扁額は末社鳥居に用いられたものではないかもしれません。


鳥居石材の横には、かつて太郎坊橋で使用されていた欄干も保存されています。この太郎坊橋は愛宕神社よりも東に数百メートル離れた場所あり、冨地原地区ではなく武丸地区に所在する、釣川に架かる橋です。県道29号線沿いに同名のバス停があるので、暇な方は探してみてください。


▲「日支事変戦勝祈願道」の碑


▲愛宕神社二の鳥居


▲愛宕神社狛犬(二の鳥居前)
江戸期に建立されてから150年以上経過しているので、風化して真ん丸になっています。角が取れて丸くなった顔に可愛らしさを感じるのは、決して私だけではないはず?

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二の鳥居を過ぎると、石碑や末社が並ぶエリアに突入します。あいにく毛虫がわんさかいるので、脇道にそれて観察するのはやめておきました。

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▲通夜堂増築費寄附芳名碑
この芳名碑も毛虫だらけで、さらに蛹入りの繭もはり付いていました。台座にはヌシが出ていった後の繭も・・・果たして、毎年この神社から何匹の蛾が飛び立つのでしょうか。我々虫好きにはどうってことありませんが、虫嫌いには耐えられない光景だったでしょう。

DSC07066.jpgDSC07067.jpg
▲愛宕神社狛犬(拝殿・社務所前)
先ほどの狛犬と同様、丸っこい姿をしているので可愛らしいです。比較的新しいオーソドックスな狛犬です。


▲愛宕神社新築記念碑


▲愛宕神社本殿
愛宕神社には、境内に植えられていた古松に関する伝承が残されています。記録によると、古松は2株存在し、うち1株はまっすぐに、もう1株は幹が枝分かれしていたとされています。江戸期の寛政年間、拝殿修築の際に松の幹が作業の邪魔になり、村民は相諮って伐採しようとしましたが、伐採の日、神社に来て見たところ、松の幹は伐採されまいと自ら後退していたのです。この神威を聞き、遠方からはるばると多くの参拝者が訪れたのだとか・・・


▲愛宕神社社務所
村社クラスの規模なので、通常閉まっています。おそらく正月や神社を用いた行事が行われるとき、社務所を開いて来客の対応にあたるのでしょう。


▲愛宕神社最深部の末社
一番左の祠だけ他3つよりも小さめなのが特徴です。


▲愛宕神社最深部の末社(その2)
先ほどの古い祠のすぐ横にも、新しい祠が4つ安置されています。こちらも先ほどと同様、一番左の祠だけ小さめという点から察するに、これらの祠と先ほどの祠は、対応関係・新旧関係にあるとみてよいでしょう。一番左の祠は天満宮、その隣は八幡宮。


▲愛宕神社・新旧末社を一望して
神紋が刻まれていると、どの祠がどの神社に属するか分かりやすいので助かります。


愛宕神社を出て冨地原地区中心部に移動していると、謎の丸い石柱に目が行きました。気になったので近づくと、つるつるした丸い石にチョークか何かで白く「吉武道」と書かれてあります。確かに、この道は旧吉武村(吉留・武丸地区)に通じる道なので、「吉武道」の文字に間違いはありませんが、いったい何のために置かれているのやら。

撮影日:2015年8月13日
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  コメント
wraさんへ
こんばんは。
非公開コメントが受け付け拒否になっていましたので詳細は申しあげられませんが
お世話になりました。
ブログは閉鎖しても、ちょくちょくお邪魔させていただきます。
              ありがとうございました。  シンザ
シンザ #MJIT/aOk [ 編集 ]    2015年08月18日(火) 21:15
No title
宗像市、以前は福北のベッドタウンだと思っていましたが、貴記事を読むにつれ、神社や、世界遺産の可能性がある史跡など、歴史ある魅力ある街だと、徐々に感じております。

FUKに、宗像市が道の駅を設けたのには驚きました。
福岡空港に何故 道の駅(?)と思ったのですが、板付は街中で、道路沿いともいえる場所でもありますよね?
http://news.ameba.jp/20150820-404/

こういうニュースを見ると、自動車社会だとも感じますが、それでも新幹線を成功させるなど、諸外国と比しては鉄道が強いとは考えております。
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年08月20日(木) 21:22
レラティーさん
長らく開発一辺倒だった宗像市もいよいよ、史跡の存在を全国に発信するため重い腰を持ち上げました。空港は様々な場所から来た人々が一か所に集まる場所ですから、アンテナショップを置くのは良案だと思います。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年08月21日(金) 19:22
シンザさん
それは何とも残念です。
数少ない読者様の中でも特にfc2への移転直後はお世話になりましたので、これまでのご恩は決して忘れません。引き続き交流の機会がございましたら、その時はよろしくお願いいたします。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年08月21日(金) 19:56
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