台湾では日本統治時代、各地に神社が建立されたことは拙ブログで何度も紹介した通りです。台湾の神社跡についてご存知でない方は、以下の記事をご参照ください。

旧猴硐神社(新北市瑞芳区)

旧台湾護国神社(台北市)
初代台中神社跡(台中市)
旧高雄神社(高雄市鼓山区)
旧玉里社(花蓮県玉里鎮)
旧ハラワン祠(花蓮県玉里鎮)
旧林田神社(花蓮県鳳林鎮)
旧汐止神社(新北市汐止区)

円山水神社(台北市士林区)
旧芝山巌神社(台北市士林区)
旧基隆神社(基隆市)
旧抜子社(花蓮県瑞穂郷)
旧花蓮港神社(花蓮県花蓮市)
台湾の旧「林田神社」、鳥居・石灯篭の復元が進む
鹿野村社(台東県鹿野郷)、ついに本殿が復活

旧苗栗神社(苗栗県苗栗市)
旧岡山神社(高雄市岡山区)
旧通霄神社(苗栗県通霄鎮)
台湾の神社「鹿野村社」再建について速報
旧桃園神社(桃園市桃園区)
旧嘉義神社(嘉義市東区)
旧林内神社 (雲林県林内郷)
旧開山神社(台南市中西区)
旧台南神社の狛犬/台南市忠烈祠 (台南市南区)

戦後・台湾諸神社のあゆみ

戦後、神社の大半は台湾に進駐した中華民国政権の手によって破壊され、廟・寺院といった宗教施設もしくは公的施設(特に学校)に建て替えられました。中には忠烈祠として、拝殿・本殿ともに生きながらえた例も多数ありますが、台湾を実効支配する中華民国政権と日本政府の「断交」(1972年)をきっかけに、その「腹いせ」(清除臺灣日據時代表現日本帝國主義優越感之殖民統治紀念遺跡要點)として多数の神社が中華風建築に建て替えられ、日本統治時代の神社建築は一層減り、さらに火災のためにまた減り(旧嘉義神社)、今では指で数えるほどしか残っていません。

ところが近年、中国国民党による一党独裁期を中心に行われてきた反日教育の色彩が薄まり、日本統治時代に対する客観的な見方が公に広がってきました。それでも神社跡地に対する修復・再建は依然として進まず、跡地の再利用が行われなかった神社の中には、草木に埋もれて忘却されかけた例もありました。

そもそも神道は内地人(日本人)の宗教であって、道教・仏教やアニミズム・キリスト教などを信仰する台湾人とは信仰の違いがあります。ゆえに日本人去りし後、神社が再建されなくても何ら不思議ではありませんでした。しかし2010年代に入り、神社は再び市民権を得たのです。

日本文化を愛する若い世代「哈日族」の拡大に伴い、日本文化は日本統治時代とは異なる形で、再度台湾社会に浸透してきました。神社という存在を漫画やアニメを通じて知った人も多いでしょう。ここでついに、「神社(の構造物)を町おこしに使おう」という考え方が、各地に出現してきました。

例を挙げると、台湾西部にある雲林県林内郷では参道に多数残る鳥居・石灯篭を活用して、神社をイメージした歩道整備が行われましたし、東部の花蓮県鳳林鎮では荒れ果てた移民村の神社を整備して史跡公園に転用し、同県花蓮市・台東県鹿野郷・屏東県牡丹郷では神社が「復元」の域を超え、見事に「再建」されています。いずれの整備活動も現地住民を主体としたものであり、活用される史跡が建物にとどまらず、神社にまで拡大したことが分かります。

旧新竹神社が厚いベールを脱ぐ日

taiwan_shinchiku2015_02.jpg
ここでようやく本題に入ります。台湾西部・新竹にある旧新竹神社は戦後、取り壊されて警備総司令部(国防部傘下)の駐留施設として使用され、のちに中国人不法滞在者を収容する施設(靖廬)に転用されて今に至ります。境内には老木のほか、社務所・絵馬殿が残存していますが、施設が施設なだけに長らく一般開放されず厚いベールに包まれたままで、外から辛うじて玉垣を確認できるだけでした。

2015年8月、謎に包まれていた旧新竹神社の未来を大きく変える知らせが飛び込んできました。長らく境内に建っていた中国人収容施設が、はやくても来年6月に高雄に移転するすることになったのです。

以下、台湾紙『自由時報』からの引用。
立法委員(国会議員)柯建銘氏の要請により移民署長と新竹市長による現地視察が行われ、順調に行けば来年6月に移転されることになりました。収容所の高雄移転後は緑地・神社構造物の整備を行い、一部敷地を承徳高校に提供する予定です。

新竹市政府は収容所移転により発生する余剰地を(所在地の)西区発展の鍵と位置づけており、(林智堅市長は)土地開発と並行して神社建築の修復を行い、史跡観光の拠点にしたいとコメントしています。
(以上、引用)

taiwan_shinchiku2015_01.jpg
私は旧新竹神社を見たことがありませんが、その存在と現状は以前から耳にしていました。社殿はなくとも、境内には台湾最大級の社務所が残存し、さらに絵馬殿も残存。しかも境外には石灯篭が移設・保存されています。絵馬殿の荒廃が激しいことから、一刻も早い修復と適切な保存が求められてきていましたので、とりあえず一安心しています。

移転により民間の手が入りやすくなり、一般人の来訪も容易になるでしょう。数年後、境内がどのような姿になっているか楽しみです。
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  コメント
No title
史跡、確かに日本統治時代を思い出し、辛い思い出が蘇る方もいらっしゃるでしょう。
とはいえ、歴史は不変のものですから、(負の部分を含むとしても)神社を保存して、史実上確かにあったことを後世に伝えることは、大事なことではないでしょうか?
哈日族(にいにちぞく?)の存在は有り難いと感じております。


「除臺灣日據時代表現日本帝國主義優越感之殖民統治紀念遺跡要點」とは、日本語では何ですか?

いずれにせよ、両岸関係とか、昭和47年の日中国交正常化が、本当に良かったことか、複雑な「2つの政府」の関係に関して、何とか改善されないものでしょうか・・・(現在の国民党政権が努力していますが、改善することが必ずしも良いとも思えませんが)

ただ、大学の授業で、特別に台湾出身の留学生の講義があり聴講しました。
日本政府から国として認められていないことで、不便で辛いことを、いろいろ訴えていたことは、今も忘れません。


(先日、日田彦山線の記事の投稿、失敗したようです・・・今回は上手くいきますように)
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年08月22日(土) 10:48
レラティーさん
「清除臺灣日據時代表現日本帝國主義優越感之殖民統治紀念遺跡要點」を分かりやすく言い換えると、「日本による台湾占領時代に設置された、日本帝国主義の優越感を表現する史跡を排除する」お触れのようなものです。中国人は太古から今に至るまで、前の支配者を非難することにより、自身による支配を正当化してきました。ここに蒋介石の幼稚さを見てとることができます。

要点の内容・和訳は以下の通りです。『博物館學季刊 18(2)』陳翼漢編「歷史與文化資產之於「過去」」から抜粋。

1 .日本神社遺跡應即徹底清除。
(神社は徹底的に破壊すること。)

2 .日據時代遺留具有表示日本帝國主義優越感之紀念碑、石築構造物應予徹底清除。
(日本による占領時代に遺された、日本帝国主義の優越感を表現する記念碑・石造物は徹底的に破壊すること。)

3 .日據時代遺留之工程紀念碑或日人紀念碑,未有表示日本帝國主義優越感,無損我國尊嚴,縣市政府認為有保存價值者,應詳據有關資料圖片,分別專案報經上級省市政府核定,暫免拆除,惟將來傾塌時,不再予重建,其碑石移存當地文獻機構處理。
(日本による占領時代に遺された工事記念碑や日本人顕彰碑は、日本帝国主義の優越感が表現されていない場合、または中華民国の尊厳を損ねる内容でない場合、県・市政府が保存価値を有すると判断したものは、上級自治体=省・市政府に報告して審議を行わせること。しばらく破壊を免除するが、倒壊した場合は修復せず所在地の学術機関に処理を任せる。)

4.民間寺廟或其他公共建築內,日據時代遺留之日式裝飾構造物,如日式石燈等,應勸導予以拆除或改裝。
(和風石灯篭のように、日本による占領時代に遺された構造物が民間寺廟・公共建築などに存在する場合、破壊するか変形を加えるよう勧告すること。)

5 .日據時代建造之橋樑,經嵌之碑石仍留存日本年號者應一律改換中華民國年號。
(日本による占領時代に建築された橋梁・扁額などに存在する日本年号は全て中華民国年号に変更させること。)

6 .日據時代遺留之寺廟捐題石碑或匾額以及日據時代營葬之墳墓碑刻等,單純使用日本年號者暫准維持現況。
(日本による占領時代に建立された寺廟・墓石の刻銘に刻まれた日本年号は、しばらく現状維持でよろしい。)

以上、引用。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年08月22日(土) 20:30
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