日本統治時代の台湾では、本島人(台湾人)教化の一環として、もしくは在台内地人の精神面の拠り所として、各地に神社が建立されました。台湾神宮のように官幣大社クラスの大規模なものから、今回の主役・高士仏神社のルーツともいえる、クスクス祠のような祠まで、実に様々な形態・大きさの神社が存在したのです。

戦後、神社の大半は台湾に進駐した中華民国政権の手で取り壊されました。辛うじて破壊の手を免れた神社も、日本と「中華民国」の断交(1972年)直後、腹いせのごとく次から次へと破壊され、神社建築は旧桃園神社などごく少数が残るのみです。神社跡地の現状に関しては、既に拙ブログ「入国者収容場になった台湾「新竹神社」跡、開放・修復へ一歩前進」にまとめておりますので、ここでは簡単な説明にとどめておきます。

高士仏神社―もといクスクス祠は台湾最南部、恒春半島の付け根にあたる屏東県牡丹郷のクスクス集落に建立されました。同集落は恒春市街地から県道200号を進み、途中の八瑤集落で脇道に入って、さらに山道を進んだ先にあるパイワン族の村です。交通の便は悪く、まさに「秘境」と言ってもよいでしょう。

当時の所在地名は高雄州恒春郡蕃地クスクス社といい、昭和14年当時の戸数は86戸、男227、女234人。同郡蕃地にあった7地区の中では3番目に人口が多く、山奥にしては比較的大きな集落だったといえます(台湾総督官房企画部編『台湾常住戸口統計. 昭和14年末』台湾総督府官房企画部、1940年)。ただし原住民集落というのは、自然環境の変化等で度々移転するケースが多く、戦前と現在の規模を比較しづらい所があります。

クスクス祠は戦後、多くの神社と同じように取り壊され、長らく基壇と亀腹(鳥居台座)が残るのみでした。神社再建の源流は金子展也氏が現地調査された2013年ごろに遡ります。神社再建を望む現地古老の声が巡りに巡って、李登輝友の会と神職の佐藤健一氏の知る所となり(金子展也氏『台湾に渡った日本の神々---今なお残る神社の遺跡』「台東庁 クスクス(高士)祠の本殿が完成」2015年5月23日)、神社再建の計画は実現へむけ一気に動き出しました。

原住民には「中国国民党」の支持者が多く、戦後生まれの層を中心に神社再建に慎重な声が出るのではと危惧していましたが、無事再建にこぎつけて安心しました。

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▲祠の前に立つ佐藤氏(中央左)、右隣の人物は神社再建の協力者・曽奐中氏
8月11日、招魂祭と遷座祭が執り行われ、多くの来訪者・報道陣で賑わったようです。また、李登輝元総統による題字「為國作見證」も披露されました。(『自由時報』「祖靈祈福加日本儀式 高士佛神社揭幕」2015年8月11日)

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▲着物を着たパイワン族の女性たち

神社再建作業には台北芸大の大学院生も参加しました。これは同大学教授がニュースを通じて神社再建を知り、現地に学生を派遣したもので、非常に心強い戦力になったとのことです(佐藤氏談)。

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▲パイワン族伝統の儀式で神々を迎える
現在の文化を尊重して、儀礼は神道・キリスト教・伝統宗教の「合同」で執り行われました。原住民は戦後、その多くがキリスト教徒になり、現在では集落の中心部に教会堂を見ることができます。

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▲神社の前で踊るパイワン族の女性たち

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▲伝統舞踊を奉納する氏子たち
神社再建を通じて、小さな原住民集落でも日台交流が活発化していくことを願うばかりです。主要メディアではあまり取り扱われていないので、改めて私の方でも高士仏神社の魅力を発信し、若い世代に知ってもらいたいと考えています。
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  コメント
なんと言うか
あの国は歴史的建造物を敬うとか言う気持ちはないようで…破壊しなくても、と思いますけどね。知られちゃ困るのかどうか知りませんけど。


再建に漕ぎ着けたのは、想像以上に凄い事なのかもしれませんね。


儀礼での神道にキリスト教に伝統宗教、他国だったらひと悶着あるのかな…。
焼きそば #t50BOgd. [ 編集 ]    2015年10月04日(日) 13:59
神社を破壊するのは、やはり日本統治時代への反発心が、親日的といわれる台灣といえども存在するのでしょうか?
他方で、神社について、台灣先住民は、存在意義を認めているようですね?

(西鉄8000系が、観光列車として生まれ変わったのには、驚きました。)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/life-topic/life-topic/1-0186812.html


レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年10月04日(日) 23:56
焼きそばさん
あの国の神社跡地というのはあまり取り扱われていませんが、南部の小鹿島に社殿が残っていたり、浦項に玉垣が残っているなど、意外と残存しています。しかし国柄が国柄なので、ある日突然無くなっていても不思議ではないでしょう。ちなみに朝鮮神宮跡地は徹底的に痕跡を消され、地形自体も改変されていると聞いています。

近年の台湾では「国民党」支持者の多い地区でも神社構造物の修復が行われるなど、以前に比べだいぶ社会が変わってきています。私の方でもできるだけ、表に出ていない分は取材してお届けしたいと考えております。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年10月05日(月) 18:30
レラティーさん
そういうわけではなく、神社破壊は明らかに中国人による仕業です。中国人の間では数千年前から、自らの支配を正当化するために前の政権を批判・糾弾することが行われてきました。歴代王朝による正史がまさにその典型例です。中国国民党も共産党も、結局のところ紀元前から殆ど史観が変わっていないということになります。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年10月05日(月) 20:07
ご回答ありがとうございます。

確かに、中国(大陸部)は、過去を大切にする心が、概して少ないように感じます。
王朝交代もそうですし、文化大革命など、近年の出来事でも感じます。
「正史」は、必ずしも客観的な歴史を書くわけではなく、自らの政権を正当化する目的を色濃く感じてしまいますね。

国民党も大陸発の政党ですから、そうなってしまうのでしょうか?
民進党のほうが本省人向けといえるのでしょうか?
総統選も近いので、気になっています。

(そういえば、私の上席の同僚が、シルバーウイークに東郷へ行ったというので驚きました。
世界遺産になって混雑する前に、宗像大社と大島を訪れたというのです。)
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年10月07日(水) 00:57
全く無関係の余談で恐縮です。

JR九州も、結構多角化していますね。
九大の跡地を再開発するとは。
http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/news/20151006-OYS1T50034.html

羽田空港の「うちのたまご」も気に入りました。
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年10月07日(水) 01:02
レラティーさん
中国といえば文革のイメージが強いので、あまり昔のものは残っていないという印象を抱かれる方は多くないかもしれません。そういう方にはぜひ、河南省の開封や山西省、江南地方といった地域の観光を勧めたいです(現時点での訪問は勧めませんが)。行ったことがある者曰く、戦後から近年に至るまで、開発があまり行われていなかった場所には古い建築や史跡が残っているとのことです。
もし情勢がよくなれば、個人的にはシルクロードの入口たる甘粛省に行ってみたいものです。


民進党は簡単に言うと、台湾人全員に支持されているわけではありません。台湾人を大きく分けるとホーロー人、客家人、原住民となりますが、民進党は政策がホーロー人よりのせいか、客家人と原住民はどちらかというと中国国民党の支持者が多いです。
ゆえに先日の地方総選挙では、客家人の多い新竹県・苗栗県、原住民が多い台東県、両者が多い南投県では国民党候補者が当選しました。ただし、以前屏東でお会いした客家人の古老のように、民進党を支持されている非ホーロー人も決していないわけではありません。世代、民族、境遇によって支持政党が変わってくるところに、戦後台湾社会の複雑さがあります。


p.s.宗像を訪れるなら、今の方が絶対にいいですよ。特に道の駅は現在ですら凄いので・・・
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年10月07日(水) 23:46
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