2012年に台湾を初訪問し、2013年春には友人と一緒に2度目の台湾を訪れました。言語・勇気の面ではまだまだ未熟ものですが、とりあえず台湾になれたということで、3度目の訪問では台湾島を鉄道で一周してみることにしました。

2013年夏・財布と相談しながら台湾一周してみた(1)
2013年夏・財布と相談しながら台湾一周してみた(2)
2013年夏・財布と相談しながら台湾一周してみた(3)

スケジュール

1日目:要約
午後初のCIで桃園空港へ。バスで台北駅に移動後、夜行莒光号で高雄に移動。機内食を事実上の夕食とするので、到着後の食事はなし。

2日目:要約
高雄到着後、メトロで旧市街地方面に向かい、旧高雄神社・旧高雄港駅を見物。その後、客車列車で屏東方面を目指し、竹田駅で下車して池上一郎文庫へ。次いで、枋寮で非冷房客車列車に乗り換え、南廻線を完乗して台東駅で下車。旧台東駅まで歩いて散策し、台東駅への復路は鼎東バスを利用。台東から玉里まで自強号を利用して、玉里で下車・宿泊。

3日目:要約
朝は玉里鎮内を散策し、旧ハラワン祠・旧玉里社を見物。ついで自強号で鳳林に移動後、林田移民村・旧林田神社を散策。鳳林からDR2700形に揺られ花蓮へ。自強号に乗り継ぎ、温泉地の礁渓で下車して3日目は終了。

4日目:要約
自強号で台北に向かい、折り返して汐止へ。旧汐止神社見物を済ませ、汐止駅構内で撮影。台北市内の台湾料理店で昼食をとってから桃園空港に向かい、全行程終了。

1日目 空港~台北~車内

私の旅はいつも、福岡空港のターミナルから始まります。今回は初回(2012年)とおなじ、CI(チャイナエアライン)を利用して一っ飛びします。

DSCN0499.jpg
搭乗したのは夕方に福岡を発ち、桃園に夜到着する便で、機体は普段よりも小型のものでした。いつも通りイミグレーションを通過し、ロビーでテレビを見ながら過ごしていると、搭乗時間になりました。

機内に入るとやはり、普段利用するような中型機よりも幾分か小さくて、機内の諸設備も結構シンプルです。たとえば、座席裏に備え付けのディスプレイが無く、ビデオは機内上部に取り付けてあるモニターを通じて見ることになり、よってチャンネル変更はできません。

音楽の方はエバーと違って、台語専門チャンネルがないので、専ら台湾北京語の歌謡曲が流れています。当然ゲーム機能はなく、「今回の空旅は飯時以外、睡眠タイムになりそうだな」と、複雑な気分になってしまいました。いや、飯食って移動できるだけでも良しとしておきましょうか。うん、それが良か。


やがて雲の上に差し掛かると、西の彼方に夕日が見えてきました。これ中々に美しく、写真や動画をずっと撮りたい気分になりますが、あいにく日差しが眩しくなり、西側の窓を閉じるよう機内アナウンスがあったので、しぶしぶシャッターを降ろし、目を閉じることに。

夕陽は眩しくて見られないし、テレビはメカニックだかカーレースだか、よう分からん内容の番組だし、暇を持て余していた私にとって、待ちに待ったお楽しみタイムがやって来ました。CAさんが機内食入りのトレイを持って、近づいてくるではありませんか。ついにきました、機内食の時間でございます。



福岡発のCIといえば「鶏の照り焼き丼」。これがなんとも美味すぎて、CIを利用するときはいつも楽しみにしています。旅の初めからこんなにうまいものを食べさせてくれるなんて、チャイナエアラインもたまには良いことしてくれるじゃないですか。温めたばかりの熱々パンもお勧めです。

沖縄上空に差し掛かると、空は殆ど真っ暗になり、普段とはまた一味違う空の旅を満喫することができます。窓のシャッターを開けて、西の果てに目をこらせば、夕陽がかすかに空を照らしているのが見えます。


いつもよりも暇な空旅を送ること数時間、ようやく桃園上空が近づき、機内の電灯が消えて真っ暗闇になりました。眼下には大園の町並みと活気が光となって映り、行く先には空港の誘導灯が見えます。昼とは違った雰囲気の中、桃園空港に降り立つのも乙なものです。

荷物を回収し、換金を終えれば夏の蒸し暑い台湾が待っています。バスに乗るため外に出ると、水蒸気を含みすぎた熱気が、肺の中にまで押し寄せてきました。普通の旅行者だったら、これほどの熱い中、可能な限り屋外には出たがらないでしょう。私もそうしたいところですが如何せん、フィールドワークが全行程の8割方を占めるので、いずれ炎天下にさらされる運命になるでしょう。


国光バスで台北駅に到着後、高雄に向かうための切符を購入するため、1階の窓口に並びます。台北から夜行列車の莒光号に乗り、車内で一夜を明かしてホテル代を浮かします。しかも、早朝から目的地で活動できるので、一石二鳥です。

台鉄の夜行列車は今でも根強い人気があります。新竹エリアの最終列車を兼ね、安価で長距離移動できるという利点を備えているからです。そのせいで、かなり早いうちに切符を購入しておかないと、着席の保証はありません。私が台北に到着したとき、すでに夜8時になろうとしていましたから、すでに「満員御礼」状態でした。よって今回は、立席券を購入して夜行列車を利用します。

どうせ立席券になるんだったら、地下の自販機で購入すればよかったですが、ひとつ窓口での切符購入に慣れておくため、今回はあえて窓口を選びました。新しい飯処を開拓するときにせよ、台湾を旅行するときにせよ、いずれも勇気をもって行動するのが肝心です。

列車が来るまで2時間もあるというのに、早々とホームに来てしまいました。列車を撮って過ごそうと思っていたものの、結局は「機材の電池容量」を気にしすぎるあまり、電車を眺めて過ごすだけにとどまりました。

夜行列車は「冷蔵庫」だった

ふと、自販機に杏仁茶のホットを見つけたので購入してみました。缶に口を付け、啜りだそうとしたところ、なんと揮発したエキスが鼻を伝って脳天に直撃し、むせ込んでしまいました。杏仁豆腐は食べ慣れたからと高を括っていましたが、揮発したエキスという思わぬ刺客に襲われるとは、うっかりしていました。

EMU500とPP自強、ときおりDC自強とEMU700が来るぐらいで、そろそろ「飽き」の領域に達そうとしていた頃、ようやく夜行列車到着が近づいてきました。

縦貫線系統の莒光号には手動ドアの老朽車が多く用いられ、今回の夜行列車も例外なく手動ドアの32850系でした。車内はあっという間に一杯となり、帰宅途中の会社員、学生、さらには家族連れの姿もあります。私は車内端っこの、座席が撤去されたスペースに陣取り、車内が空くまで待つことにしました。徐々に疲れがたまっていき、ついに桃園付近で座り込んでしまいました。

やがて意識朦朧となり、そのまま過ごすこと約1時間半、大甲駅到着のアナウンスで正気に戻りました。ちょうど海線を走行しているようです。車内を見渡すと、私の横で座っていた乗客の姿はなく、空席が生じているではありませんか。早速、座席にへたり込んで眠ったのは言うまでもありません。

台鉄の夜行列車には減光・車内アナウンスの休止が存在せず、しかも冷房がこの上なく激しいので、場所を問わず眠れる方でない限り、利用するときには周到な用意と覚悟が必要です。音に敏感な方は耳栓を、光に敏感ならアイマスクを、寒さに敏感なら長そでをぜひご用意ください。

私の場合、彰化を過ぎた頃から寒気に襲われ、冷蔵庫の中にいる気分でした。寒気を感じたら無理せず、ときおりデッキに出て温まった方が良いです。
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  コメント
暫く読むことができず、大変申し訳ありませんでした。

よって、新しい記事から読んでおりますが、「冷蔵庫」というのが「?」でした。
真夏とはいえ、冷房が効いている室に、それも眠ってというのは、過酷ですね。

夜行列車でも、立ち客が出るほど盛況するのは、日本との違いを感じます。

最初に戻って、福岡空港の写真を見て、福岡にもSFJが来たんだなあと実感しております。

「台湾北京語」とは、どういったものでしょうか?
北京から逃れてきた人々が話す中国語のことでしょうか?
(中華民国が大陸を支配していた頃は、南京が拠点だったような気がしますが)
先週の、池上彰さんの番組は、両岸関係を基本から説明されていて、興味が無い人には分かりやすかったですが、もっと深く説明してほしかったとも考えております。

「夏の蒸し暑い台湾」とは、いつ訪問されたのですか?
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年12月06日(日) 14:42
レラティーさん
台鐵では今もなお、夜行列車も優等列車も多数運転されている背景に、高速鉄道との競合関係・東海岸の高規格道路未整備があります。

JRの場合は在来線・新幹線ともに同社経営の状態ですから、運賃収入の多い新幹線に重点を置き、在来線の長距離列車を縮小する動きになります。レラティー様がお住いの北海道でも、新幹線が延伸するたびに、在来線はより衰退していくでしょう。

個人的に台鐵・高鉄の関係は、JR鹿児島本線と西鉄電車の関係に近いと思います。


台湾北京語は、人によっては台湾華語とも呼ばれており、ルーツは中国の北京語と変わりません。戦後、台湾に亡命してきた中華民国によって、同地に取り入れられました。

台湾人が多数派を占める社会で、台湾北京語は徐々に変化を遂げていまして、今では台語由来のスラングも多数誕生しています。

北京語話者でも、日常的に使う台湾語もありますし(代表的なものとして、パイセー≒すみません)・・・
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年12月07日(月) 12:57
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