2013年夏・財布と相談しながら台湾一周してみた(1)
2013年夏・財布と相談しながら台湾一周してみた(2)
2013年夏・財布と相談しながら台湾一周してみた(3)

「冷蔵庫」で一夜を明かし、台南が近づいてきたところで空が白んできました。ここまでくれば、高雄まであと少し。客車のジョイント音が心地よく、一昔前の寝台特急に乗っているような気分になれます。

高雄駅に到着したのは早朝6時頃。車外に出ると、あまりの気温差・湿度の高さに眼鏡が曇ってしまいました。やがて衣服がじっとりと湿り気を帯び、改めて亜熱帯に来たことを実感させられます。早朝はフリーにしているので、まず旧高雄神社を見に行ってみることに。

夜明けの"たかお"

高雄メトロに乗り込み、美麗島駅で乗り換えを経て、西子湾駅に到着しました。このあたりが高雄の旧市街地で、付近には旧高雄港駅・旧神社・武徳殿が存在します。朝陽は亭仔脚を優しく照らし、街中では朝食を売ろうと、商人があわただしく動き回ります。

2013_takao_shrine.jpg
日常を垣間見ながら坂道を上ると、赤鳥居が見えてきました。この鳥居は旧高雄神社を代表する、かつ数少ない神社構造物の一つとして知られています。若干変形を加えられているものの、裏側から見た姿はどう見ても鳥居です。
高雄駅から「ハマセン」地区へ

社殿近辺は完全に忠烈祠化されているので、入口周辺に残る石灯篭を観察した後は、坂を下って旧高雄港駅に戻りました。駅跡地は鉄道公園になり、蒸気機関車・客車が数両保存されています。この時撮影した写真は残念ながら、SDカードの不具合でどこかに消えてしまいました。C55形の水かきスポークをまさか、台湾でも見られるとは思っていなかったので、非常にうれしい思いをしたものです。

陽が完全に昇った8時頃、高雄駅に戻ってきました。朝食をまだ食べていなかったので、7-11で豚デンブのおにぎりを買って食べました。今回の旅行ではとにかく、手抜き食事が大部分を占めており、食堂で食べる勇気がなかったので、結果としてコンビニ食に頼ってしまいました。
これまで台湾で食べてきた料理まとめ

竹田に宿った日本精神

高雄から台東まで、客車鈍行の旅がはじまります。枋寮行きの区間車に乗り込み、一路竹田を目指すことに。竹田に立ち寄る目的は後ほど説明するとして、客車の旅を楽しんでいきましょう。屏東線の客車列車には「復興号客車」とよばれる、復興号で使用される水色客車が用いられています。各駅停車ながら、リクライニングシートで快適に過ごすことができるんですよ。

2013年当時、屏東線は屏東を境に、東西で異なる性格を有していました。屏東以西は複線電化区間として、縦貫線から自強号・区間車が頻繁に乗り入れていました。以東は非電化単線区間で、各駅停車は毎時1本ほどと、きわめてローカル色強い区間です。
台鉄屏東線 客車鈍行の旅(高雄⇒竹田)

高雄を出て1時間経ったでしょうか、本日一番目の下車駅・竹田に到着しました。竹田駅は木造駅舎と池上一郎文庫で有名な場所です。今回は池上一郎文庫に立ち寄ってみようと思い、下車したわけです。

池上一郎文庫は駅倉庫を改装したもので、日本語書籍を多数収めています。クマゼミが忙しなく騒ぎ立てる中、建物に入ると図書館に特有の静けさが広がっています。中に誰かいないか探していると、中高年の女性と目があいました。とりあえず日本から来たことを告げると、喜んだ声で歓迎してもらい、奥のソファーで高齢男性が読書していることを教えてくださいました。この女性こそ、池上一郎文庫の館長・曽さんでした。

件の男性は耳が遠いとのことで、大きな声で福岡から来た旨を伝えると、男性も快く応対してくださりました。なんでも、昔に九州を旅行をされたとのことで、鹿児島や長崎の名所に関する話で盛り上がりました。そのほかにも竹田のマジョリティたる客家人の歴史、アイデンティティの拠り所について伺うことができました。

竹田に留まること1時間半、まもなく枋寮行きの列車が到着するので、後ろ髪をひかれながらも池上一郎文庫を出ることに。もちろん、日の丸に名前を記入してきましたよ。去り際、件の男性から「また来たとき、竹田を案内してあげるよ」と仰っていただきました。男性も80を過ぎておられ、ちょうど祖父と同年代です。ご存命のうちにもう一度、竹田によりたいものです。
竹田駅で寛ぎ、「池上一郎文庫」で出逢う

男性に別れの挨拶をしていると、しばらく外出していた曽さんが戻ってこられました。「これは昼食だよ」と、持っていた袋を差し出す曽さん。なんと、わざわざ私のために、差し入れの弁当を買ってきてくださったのです。これには感謝してもしきれず、姿が見えなくなるまで何度もお辞儀をしつつ、竹田を発ちました。

枋寮までの道中、曽さんから戴いた弁当をがっつきながら過ごしましょう。味噌汁付きだったので、このとき初めて、台湾の味噌汁を飲むことになりました。窓の外を眺めると、魚の養殖池とヤシ林が広がり、それが長々と続いています。太陽が天高く昇ったころ、枋寮駅に到着。

旧型客車の旅は窓全開で

枋寮から普通台東行きに乗り換え、引き続き列車の旅を続けます。枋寮駅に到着すると、既に台東行き普通は停車していました。車両を撮影する前に、一旦改札を出てから切符を買い直すことに。

十数分後に出発するということで、改札を急いで抜け、車両の止まる第一月台(ホーム)へと向かいます。先ほどと同じ客車列車に乗車しますが、こちらはなんと非冷房車両。復興号客車よりも一世代前の、古い客車列車です。編成は3連で、SPK32700が2連、TPK32200が1連という内容でした。迷わずSPK32700のクロスシートに腰かけ、出発までの時を待つことに。

車内は多くの行楽客・レイルファンで賑わい、余りの賑やかさに「お祭りか」と思ったものです。非冷房ということで大半の窓が開いていました。筆者の座った区画の窓は開いておらず、早速開けました。窓は薄汚れており、開けた方が綺麗な車窓を満喫できそうです。

12時9分、台東行き普快3671次はゆっくりと動き出しました。ここから台東まで約2時間の旅が始まります。南廻線は山あり谷ありの路線で、枋寮~枋山間はバシー海峡沿いを、枋山~古荘間は恒春半島の付け根を横断する山岳地帯、古荘~知本間は東シナ海沿い、知本~台東間は平野部を走行します。窓を開けると、DLの轟音と風が吹き込んで心地よく、殆ど窓を開けた状態で過ごすことになりました。トンネルに入ると、轟音が度を増して「うるさく」なりますが、あれも中々の迫力があって良いです。
台湾の「非冷房」客車鈍行 南廻線普快3671次の旅(1)
台湾の「非冷房」客車鈍行 南廻線普快3671次の旅(2)
台湾の「非冷房」客車鈍行 南廻線普快3671次の旅(3)

枋寮を出て2時間、終点の台東駅に到着しました。ここから玉里まで自強号を利用したいところですが、あいにく列車が出発するまで2時間ほどあります。せっかく台東に来たので、市街地まで足を運んでみます。

灼熱のサウナ・台東

台東駅から市街地までは相当離れており、本来であれば鼎東バスを利用するべきですが、何を血迷ったのか、台東~旧台東間の旧線沿いを「歩いてみよう」という結論に至りました。
台東駅から歩いて台東市街地へ

駅から市街地は遠い。懸念は確信に変わりました。歩けども歩けども、鯉魚山(台東市のランドマーク)が見えてこないじゃありませんか。歩き慣れているとはいえ、灼熱の下、ひたすら歩き続ける俺はアホです。途中、商店でスポーツドリンクを買い、水分補給しながら歩くこと1時間、ようやく旧台東駅に到着しました。

旧台東駅は鉄道公園に生まれ変わり、構内にはDR2050が保存されています。あまりの暑さに滅入ってしまい、隣接する旧台東神社をうっかり見忘れてしまいました。
かつての台東駅「台東鉄道芸術村」を行く

帰りも歩いて帰るわけにはいかず、台東駅までの復路は鼎東バスを利用します。旧駅前にある台東バスターミナルに向かい、台東駅までの切符を購入します。原住民と思しき係員のオバサンがやけに無愛想で、何が気に食わないのか、嫌そうな顔で応対します。ただ俺は、台東駅までの切符を買いたいんだよ。それが悪いか?

台東駅に立ち寄るバスがやって来ました。台東駅行きのほかにも、同駅に立ち寄るバスはあるので、ダイヤを確認しておかないと大変なことになります。バスの前にまたしても、件のオバサンがいたので、念のため台東駅に行くか聞いたところ、「行くから乗れ」と、これまた無愛想な返答。なんだよ、さっきまで事務室で近所のオッサンとゲラゲラ会話しよったくせに。

2013_taito.jpg
▲台東市中心部の風景
バスに揺られること15分、徒歩で1時間以上かかったところを、あっさりと走破してしまいました。乗車予定だった自強号はすでに出発しており、後ほど来る自強号を待つことに。

台東駅は市街地から外れた場所にあるので、時間潰しできる場所といったら、卑南の遺跡ぐらいです。考古学ファンなら、遺跡見学だけでも十分に楽しめるでしょう。あいにく私は専門外なので・・・
台東駅裏にある「月形石柱」

田舎町で飛び込み宿探し

ようやく自強号に乗り、玉里を目指していきましょう。2日目は玉里で宿泊します。DC自強は中間付随車のせいか、非常に加速が鈍く、なかなかスピードにのりません。ゆっくりとした足取りで渓谷を抜け、南北に細長い谷間へと入っていきます。

渓谷美を満喫できる台東~山里間はこの後、電化工事によるルート変更を受け、トンネルが大半を占める新線に切り替えられました。夕陽射す卑南の渓谷はなかなかの美しさでした。
自強号243次 台東駅出発後の風景

日が暮れる頃、玉里に到着しました。駅構内にはDR2700形が数編成たむろし、架線柱はまだ建っていません。ローカル幹線の主要駅らしい風格が、ここ玉里駅にはあります。

駅を出て、まずは宿泊地を探しましょう。新新大旅社なる安宿に泊まろうと思い、所在地に足を向けると、そこにはがらんどうのビルがあるだけでした。なんでも、ちょうど改装中らしく、別のホテルを探す羽目になりました。駅前で途方に暮れていると、目の前に「瓦拉米客桟」という看板が見えました。

「ええいままよ、突入しちゃえ」ということで、勇気をもってフロントに乗り込みます。安宿はこれが初めてですから、うまく宿泊できるか心配でしたが・・・なんと、フロントの方が日本語に若干通じておられました。この頃、私の中分スキルは今の半分以下だったので、日本語が通じるということは非常に天国でありました。

無事に手続きを終え、支払いも済ませたので、部屋に入りましょう。ここはどうやら家族経営のようで、マスターのご息女らしき方が部屋を案内してくださいます。部屋は様式で、窓を開けると玉里駅前を一望できます。
台湾ホテルガイド 瓦拉米客桟(花蓮県玉里鎮)

こんな夕食は嫌だ!

ホテルも見つかったことだし、腹ごしらえといきましょうか。駅前に食堂がいくつかあるので、そこから一店選んで今夜の食事処にします。今回は駅ロータリーの近くにある、「張太太美食」に入店。

困った事に、私は台湾の大衆食堂に不慣れです。過去二回とも、ちゃんとした店か弁当で食事を済ませたので、今回が初の大衆食堂なのです。ええいままよ、入口で麺を茹でるマスターに「玉里麺が食いたい」と言うと、何やら返答がありました。わからない。中文の聞き取りスキルなんてありません。

私「むむむ・・・」
老板「In? out?」
私「ん?・・・ああ、Inで。玉里麺・・・」

大衆食堂にはテイクアウトが付き物ですが、そんなことも知りませんでした。店に入って注文を願うなり、伝票があれば記入して渡すなりすればよかったのです。今だからそういう判断ができますけど、当時はまだ台湾に不慣れだったのです。

マスターに怪訝な顔をされながらも、どうにか食にありつくことができました。私以外、店内に客の姿はなく、いるのは(マスターの)家族だけ。なんだか気まずい雰囲気の中、麺をすすります。味は・・・記憶にないです。

食事を終え、コンビニでジュースを購入してからホテルに戻り、2日目を終えました。
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  コメント
おはようございます。

いつも台湾旅行記も楽しみに見ています。
国外の初めての店で1人で食べるのは
勇気がいりますね。
りえてつ #- [ 編集 ]    2015年12月03日(木) 07:13
りえてつさん
最初のうちは、入店する気満々でいても、いざ店を前にすると勇気が失せ、結局コンビニ弁当を食べる自分がいました。今はオンボロ食堂でも抵抗なくなりましたよ~

店ごとに魯肉飯の味が違うので、暇なときは食べ比べなんかをやっています。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年12月04日(金) 19:13
7-11とは、日本でいうセブン-イレブンですか?

お握り、味噌汁と、日本食も結構残っているのですね。

台東の駅前、信号機が左側に付いていますが、右側通行だと見づらいのではないでしょうか?


台湾の食堂は、持参外(テイクアウト)が一般的なのでしょうか?
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2015年12月06日(日) 16:52
レラティーさん
そうですよ。コンビニの中では、セブンイレブンとファミマを一番多く目にします。

食堂で食べるよりも、テイクアウトして自宅で食べる方が多いのでしょうね。台湾だと、食堂の入口に厨房がある形態をよく目にします。厨房に紙パックが沢山積んであるので、旅中はいつも、それでテイクアウトの可不可を判断しています。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2015年12月07日(月) 13:43
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