京都市中心部の北東、ちょうど京都大学キャンパスのある一帯は「百万遍」と呼ばれています。京阪・叡電出町柳駅から徒歩10分ほどにある同地域は、学生街として多くの学生で賑わうエリアです。

さて、百万遍とはこれまた変わった地名ですね。なんだか仏教色の強そうな地名だな、とふと気になり、地名の由来を調べてみると、やはり仏教に関係のある地名でした。近隣にある知恩寺が、なんでも「百万遍」という別名を持つことから、寺院一帯の地名もそう呼ばれるようになったと伝えられています。

今回は地名「百万遍」の由来となった、知恩寺の様子をお届けします。

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▲今出川通側の山門

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今出川通に面した山門前には、知恩寺に関する説明が一通り掲載された看板があります。境内に進む前に、ここで寺院の歴史について学ぶといいでしょう。「百万遍」と称される所以も、ここに紹介されています。

知恩寺は浄土宗の寺院として、鎌倉期に源智によって創建されました。長徳山功徳院と号し、浄土宗八総大本山のひとつに数えられます。

もとは賀茂社の社領内に所在し、浄土宗の開祖・法然が、同地にあった庵に宿していたことに由来します。創建当初は賀茂社の神宮寺という役割を持っていました。

「百万遍」と呼ばれるようになったのは、ちょうど14世紀前半のこと。倒幕・南北朝動乱の暗雲が迫りつつある元弘元(1331)年、疫病が流行を見せていました。これを憂いた第八世の善阿は、念仏を7日で百万遍唱えて疫病を退散させ、ときの後醍醐天皇よって「百万遍」の寺号を下賜されるに至ります。

現在の地に落ち着いたのは、それから約300年後の17世紀中葉のことです。

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▲百万遍念仏根本道場の標柱

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▲境内にある祠

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▲阿弥陀堂

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▲手水舎

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▲阿弥陀経石碑

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大学では唐や遼の石刻文を扱っていたので、個人的には、こういった石碑を見ると近づいて読みたくなりがちです。

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▲釈迦堂

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▲本堂

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▲鐘楼

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▲鴨明神社

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▲百萬辨財天(百万弁財天)
神式の祠は境内に計3か所あります。

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本堂よりもさらに奥へ進むと、御影堂や僧侶の居住区があります。

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▲東大路通側の山門

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▲東大路通側の山門先にある標柱「圓光大師靈場」(円光大師霊場)

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最後に、日本を代表する学生街らしい「百万遍」の姿をご紹介してお開きとします。

今出川通と東大路通の交点にある、百万遍交差点の角にはなんと、「吉野屋」「すき家」が隣り合っています。しかもここから50メートルほどの場所には「松屋」まであります。日本三大(?)牛丼チェーンが、半径50メートル以内に集結している様子は一見する価値ありです。

学生街に行けば、大方食べるところに困らないんですよ。

撮影日:2016年2月18日
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  コメント
最後の画像で
凄いの来ましたね(笑)。


三大牛丼チェーンが犇めく場所、俺の行動範囲、と言うか行った事のある土地では見た記憶がありません。


序盤の流れからは想像つかない構成で、俺はまだまだ甘いなあ、と感じました(^^;
焼きそば #t50BOgd. [ 編集 ]    2016年03月24日(木) 23:23
焼きそばさん
松屋も続けて横に並んでいたら、京都を代表する珍スポットになっていたでしょうね!

私もあの様子を見て、何度も見返しましたよ。それだけ学生の数が多い街ということなんでしょう。また一つ、京都の面白さを知ることができました。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2016年03月25日(金) 18:04
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