宗像市沖に浮かぶ大島は、福岡県最大の離島として知られています。宗像市と合併する前は大島村という自治体に属し、現在でも本土の市域とはやや異なる雰囲気を持っています。

そんな大島には島を一周する県道が通っていまして、半日もあれば自転車で島を一周できます。自転車は大島港ターミナルの売店で借りることができるので、早速それを活用して島を一周してみました。

レンタサイクルの値段は、ギアなしだと600円、電動アシスト付きだと1100円です。今回はギアなしに挑戦しましたが、売店の方からは「坂が多いけど大丈夫か」と心配されました。後々、大島の険しさを身をもって知ることになります・・・

DSCN0550.jpg
大島港を出てしばらくの間、海沿いの県道を進んでいきます。港周辺には島で一番大きな集落「町」があり、駐在所・民宿・商店や、かつての大島村役場もここにあります。宿泊こみで大島に滞在する場合は、多くの方が「町」を拠点とされることでしょう。

DSCN0551.jpg
港から5分、かんす海水浴場・夢の小夜島に到着しました。菜の花があちこちに咲き乱れ、春の穏やかな昼間を満喫できます。

DSCN0552.jpg
▲本日の愛車
今回はギアなしのママチャリに乗りながら、大島の名所を巡っていきます。

DSCN0558.jpg
▲宮崎漁港
大島南東部にある宮崎集落に到着。こちらには大島で二番目に大きな漁港があります。

宮崎集落を散策した後は、再び「町」方面に歩を戻し、昼食探しとでもいきましょう。「もぢゃこ」のイカちゃんぽんが美味しいと評判なので、そこを目指して大島港に戻るも、お店は開いているのかどうか分からない状態でした。のれんはかかっていない、扉は閉まっているし・・・

・・・しかし中では、2人ほどテーブルに座って何か話していますし、もしかすると「のれんなし」「ドアクローズ」が通常仕様なのかもしれません。まだまだ押しが甘い!(曲がりなりにも)ジャーナリストとしての未熟さを痛感するこの頃です。

他の食堂は開いていないようで、以前訪れたことのある「さざなみ食堂」に至っては、雑貨屋と化していました。弁当か何かあればいいだろうと、中心部を物色していると、おいしそうなお惣菜の並んだ商店が目に入りました。中ではおばあちゃんが二人、楽しそうに世間話をしています。

「よし、ここにしよう」と、おばあちゃんの弁当屋に入ると、弁当が一つ、ちらし寿司が5個ほど並んでいました。店主と思しきおばあちゃん曰く、「弁当はほとんど切らしとるとよ~」とのこと。どうやら早いうちに、他の観光客がたくさん買って行かれたようです。

おや、ちらし寿司が私を呼んでいます。おばあちゃん手製のちらし寿司、見た目が綺麗で美味しそう。今回のお昼は、鶏肉入りの五目ちらし寿司(350円)に決定しました。他の総菜・弁当類もお手頃価格で、弁当は300円からでした。

DSCN0572.jpg
中津宮横から山側に入り、少し坂を上ると、「町」地区の裏側を通る2車線路に出てきます。この道路には特別な名称が付いているわけではないので、個人的に「大島バイパス」と読んでいます。

この「大島バイパス」を進むと、海を一望できる高台に出てきます。今回の昼食は海を見下ろしながら、道端でいただくことにしました。

DSCN0574.jpg
▲「大島バイパス」

DSCN0583.jpg
▲岩瀬集落・沖津宮遥拝所を眺めて
昼食後、「大島バイパス」から岩瀬集落方面に入る小道に移り、軽い坂道をこえて島の北岸部に出てきました。

DSCN0594.jpg
沖津宮遥拝所を散策後、本格的な山越え路を進んでいきます。これから反時計回りに、砲台跡、灯台、津和瀬集落、ホトロセ峠と進んでいきますよ。

それにしても、物凄い坂です。とにかく坂道が始まると、なかなか下り坂になりません。

DSCN0596.jpg
ついに海が見えなくなり、鬱蒼とした山の中に入ってきました。渚の音は聞こえてきません。木々のさざめきと、かすかに沢の音がしてくるだけ。

DSCN0597.jpg
ついに急カーブ出現!
なぜか、道端にはカタツムリの殻が沢山落ちています。

DSCN0601.jpg
風の峠のピークに着いたところで、わき道にそれて砲台跡に向かいます。

鬱蒼とした山道が開けたかと思うと、辺り一面に草原と菜の花畑が広がっているではありませんか。牧場には豚、馬山羊の姿もあります。牧歌的な情景の中、楽しく自転車をこいでいるとすぐに砲台跡に到着です。

砲台跡でしばし休憩兼散策を済ませ、手を洗おうと思い休憩所トイレに入ったところ、なんと水が出ません。しかも毛虫が沢山住み着いています。あまりの気持ち悪さに、急いで砲台跡を出て県道に再度合流。

DSCN0620.jpg
▲風の峠で、県道541号のヘキサ入り看板
風の峠からしばらく、下り坂が続きます。再度上り坂になろうというところで、今度は灯台へと続く脇道が分岐します。そこを通り、今度は灯台に寄り道してみます。

DSCN0623.jpg
灯台で自転車を降り、木のトンネル兼踏み分け道を進むと、断崖絶壁に出てきます。この風景はまさしく、サスペンス系ドラマのラストシーンじゃないですか?
崖から飛び降りようとする犯人目線で、一枚収めてみました(写真上)。

DSCN0625.jpg
灯台から再度県道に戻ると、少しだけ坂道が続いてすぐに急激な下り坂となります。やがて穏やかな入り江が見えてくると、大島で一番奥地にある津和瀬集落に到着です。こちらの公衆トイレは水が出るので、ようやく汗でべたついた手を洗うことができました。

DSCN0636.jpg
津和瀬集落を出ると、ついに最後の峠―ホトロセ峠がはじまります。1世帯しかない盆地状の中津和瀬集落(?)を経て、急な上り坂に進んでいきます。

ホトロセ峠の勾配は風の峠とあまり変わらず、標高も後者の方が若干高いのですが、さすがにギアなし自転車で急坂を何度も上ったり下ったりしていると、疲労がたまってきます。とてもつらい(横山三国志の霊帝状態)ですが、これで終わりだと思うと、ピークまでずっと漕いでいられました。

DSCN0660.jpg
大島港を出て3時間半、ようやくスタート地点の大島港に到着しました。最後は大島最大の神社・中津宮に立ち寄って大島一周旅はおしまいです。

ギアなしで急坂を数時間も上り詰めると、最後には達成感が沸き上がります。しかし正直に言うと、これはお勧めできません。レンタサイクルを借りて大島を一周するのであれば、ぜひとも電動アシスト自転車の利用をお勧めします。

ギアなしを利用する場合、行動範囲は遠くても沖津宮遥拝所までにした方がいいです。ギアなしで大島を一周しようと思ったら、地獄を見ることになるかもしれません・・・きついぞぉ~

撮影日:2016年3月23日
関連記事




にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ にほんブログ村 地域生活(街) その他ブログ ゆるキャラへ

「ご当地」の魅力をより多くの方にお伝えするため、ブログランキングに参加中です。

バナークリックの方もよろしくお願いいたします。



上のリンクからチャンネル登録できます。台湾旅行に興味のある方、レイルファン・ご当地キャラファンの方、どうぞ気軽にお立ち寄りください。




スポンサードリンク
  コメント
ギアナシの自転車とは・・・

いくら狭い離島といえども、結構大変だったのではないでしょうか?

霊帝は、『三国志』の中では、初期に短期間だけ登場するので、確か病弱なのと宦官やら乱世で苦労したこととは思います。
個人的には、その次々代だったかと思いますが(少帝がいましたね?)、献帝が権力者の道具とされているほうが、ずっと辛い思いをしてきたと感じています。
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2016年04月03日(日) 10:46
レラティーさん
> ギアナシの自転車とは・・・
>
> いくら狭い離島といえども、結構大変だったのではないでしょうか?

ギアなしでの大島一周は、今回で二度目の挑戦です。前回は津和瀬集落でダウンして、たまたま通りかかった軽トラに載せてもらい港に戻ったという経験があります。ホトロセ峠はもう本当に地獄でした。


> 霊帝は、『三国志』の中では、初期に短期間だけ登場するので、確か病弱なのと宦官やら乱世で苦労したこととは思います。
> 個人的には、その次々代だったかと思いますが(少帝がいましたね?)、献帝が権力者の道具とされているほうが、ずっと辛い思いをしてきたと感じています。

中国の歴代王朝は、宦官、外戚、寵臣やらの暗躍でゴタゴタが凄いですよね。私が大学で研究してきた唐朝~五代十国もご多分に漏れず、とりわけ安史の乱とその後の華北半独立の状況は凄まじいものでした。高校世界史じゃ、絶対に理解できない部分を研究出来て、いい経験になったと思っています。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2016年04月03日(日) 20:23
ご専門は、文学部の歴史方面だったのですね?

玄宗の開元の治で復興していたのに、玄宗後期は楊貴妃を溺愛し、それが安禄山、史思明らの反乱を許し、ひいては唐の弱体化につながりましたね。
その、中唐と呼ばれる時期から100年も持ったのは、大したものですが。

その後の五代十国は、不安定になり、漢民族とそれ以外の民族による対立構造による不安定さは、宋を経て元までは続いていましたね。

平世と乱世を繰り返すのが中国史という印象です。
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2016年04月04日(月) 01:35
コメントを投稿する
URL(任意):
コメント:
Pass(削除用):