韓国南部の都市・釜山は同国屈指の港町にして、日本統治時代には満州への玄関口として栄えていました。

朝鮮経営の要所だった釜山には多くの近代建築が建てられ、日本内地に近いことから、日本人の居住も数多くあったようです。それを示すかのように、現在でも旧市街地を中心に日本家屋や古い店舗建築を目にすることができます。

今回は南浦洞地区を中心に、日本統治時代の町並みを探してみたいと思います。南浦洞へと向かう前に、まずは釜山駅北側に広がる草梁地区に立ち寄り、日本家屋がどれ程残存しているか探してみましょう。

地下鉄草梁駅入口のある大通りから一つ外れると、風景はたちまち高層ビルから低層ビル・住宅地に移行します。住宅地が密集しているところから察するに、日本家屋が結構残っていそうです。

ところが、しばらく散策するもそれらしき姿が見当たりません。路地にないとしたら、次に目を付けるべきは路地裏。コンクリ舗装の路地を少しだけ除いてみると、ようやく緑の防水シートに包まれた瓦屋根が目に入りました。屋根の形状といい門の構造といい、これは間違いなく日本家屋です。

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▲草梁地区の日本家屋
今回は時間の関係上、この一軒を確認して草梁を後にします。

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南浦洞周辺は日本統治時代初頭から整備が行われた地区で、古い商店建築が残っています。釜山府や慶尚南道の中枢もこの周辺に置かれていました。写真上は「釜山近代歴史館」として活用されている旧東洋拓殖会社釜山支店。

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▲旧東洋拓殖会社釜山支店(釜山近代歴史館)
入場無料です。「あの」韓国ですから、展示内容には強い反日イデオロギーが秘められています。館内説明を真に受けるのではなく、批判的に閲覧することを強く奨めます。

戦後のどさくさに紛れて他国の領土(竹島)を強奪し、歴史を偽る国に幸福は訪れません。

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龍頭山の麓には細かな路地が複数通っています。路地に入ると、半世紀以上前の古い建築を多数目にできます。

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一見するとごく普通の雑居ビルでも、じつは年代物の店舗住宅だった、なんてこともあります。通りに面した部分が大幅に改装されているだけで、側面・奥の方にオリジナルの姿が残っている建物を散見できます。

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釜山港に近い旧市街地には、日本人向けの居酒屋・朝鮮料理店が軒を連ねています。龍頭山東麓の路地はとりわけ歩行者が多く、繁華街として栄えていた頃の面影が色濃く残っています。

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中には煉瓦むきだしの店舗だってあります。煉瓦の汚れ具合から察するに、かなり年代物の建物でしょう。

今回は時間の関係上、写真7枚分をご紹介するにとどまりました。しかし、時間をかけて旧市街地を調べれば、今回ご紹介できた分の数倍もの古建築を見つけることができると思います。

旧市街地は広いですし、旧市街地より北にある草梁・佐川地区にも日本家屋があるという話を聞きますし、依然として興味が尽きることはありません。

撮影日:2016年4月5日
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  コメント
観光地でも
イデオロギーに満ち満ちた表現が見れるんですね。日本がこんな事すれば、国をあげて抗議するんでしょうけど。外敵を作らなきゃ国がまとまらないのは哀れな事ですけどね。


日本家屋が残っているのは正直意外です。お国柄からして、残すべきではないと撤去してしまいそうなイメージがありますんでね。


百聞は一見にしかず、何でも自分の目で確認するのが一番ですね…。


それにしても、当時、この繁華街を行き来していた人々は、現在の日韓関係等、思いもしなかったろうなあ…。
焼きそば #t50BOgd. [ 編集 ]    2016年05月23日(月) 19:15
焼きそばさん
> イデオロギーに満ち満ちた表現が見れるんですね。日本がこんな事すれば、国をあげて抗議するんでしょうけど。外敵を作らなきゃ国がまとまらないのは哀れな事ですけどね。

観光地だろうがお構いなしに反日宣伝をちりばめているから、結局のところ訪韓日本人が減るんですよ。原因に気が付かず、日本人が少なくなった途端に「アイゴ!来てください」というその姿勢には只々笑うばかりです。

韓国には行きたくないけど、現地の情報について少しは知りたい、という方は結構いると思います。そういう方のために、福岡から近いですし、適度に足を運んで情報を仕入れていきたいと思います。


> 日本家屋が残っているのは正直意外です。お国柄からして、残すべきではないと撤去してしまいそうなイメージがありますんでね。

日本家屋の置かれている状況は厳しく、「日帝残滓」「敵産家屋」として軽視されるきらいにあります。よって保存活動は盛んではありませんが、丁寧な修復を経て保存されているところも僅かながら存在します。

また、反韓ムードが影響してか、韓国の和風建築は台湾に比べ、情報収集・インデックス化が進んでいないと思います。あまりいい目で見られないかもしれませんが、あまり手の付けられていない分野なので、ここで取り扱ってみる価値はあります。


> 百聞は一見にしかず、何でも自分の目で確認するのが一番ですね…。

私も朝鮮文化には偏見ばかり抱いていましたが、いざ勇気をもって半島に足を踏み入れてみると、必ずしも悪いことばかりではないと感じています。もちろん、病的な反日政策と歴史捏造にはウンザリさせられていますが。


> それにしても、当時、この繁華街を行き来していた人々は、現在の日韓関係等、思いもしなかったろうなあ…。

私も同感です。日本統治時代、朝鮮では多くの内地人と朝鮮人が手を取り合いながら暮らしていたでしょう。

ありもせぬ事で恨んで怒ってばかりだと、いつまでたっても日本人には来てもらえませんよ。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2016年05月23日(月) 22:36
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