7月15日、博多祇園山笠は「追い山」で幕を閉じましたが、宗像市東郷地区はまだ熱気に包まれています。というのも、同地区では博多山笠終了直後の日曜日、田熊山笠が行われているからです。

博多と同じ舁き山形式で、基本的な巡行の仕方も「博多」を踏襲しています。従来は東郷駅東口交差点前(宗像地区消防本部前)に山小屋が設置されていましたが、いせきんぐ宗像(田熊石畑遺跡)開業後は、そちらに山小屋が置かれるようになりました。

山小屋置き場が変わり、巡行ルートも大きく変更されました。従来は山小屋から旧3号線を東に進み、一旦田熊中心部に入り込んでから、再度旧3号線に戻って宗像市役所まで進み、折り返して山小屋に戻るというルートでした。

これが昨年になって、山小屋から旧3号線を東に進み、東郷小学校校庭・宗像地区消防本部前を経て引き返し、一旦山小屋前を通過して宗像市役所まで進み、そこで折り返して山小屋に戻るという形態に変更されました。2016年からルートが固定されたようで、巡行ルートが「いせきんぐ宗像」に掲示されています。

それでは田熊山笠巡行の様子をご覧ください。まず初めに、今回の舁き山をご紹介します。

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▲表標題「船弁慶」

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▲見送り標題「独眼竜政宗」

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▲2015年と2016年の山笠ルート比較図
スタートは2015・16ともに「いせきんぐ宗像」に置かれています。今後ともこの流れは変わらず、今回のルートが固定化されていくものと思われます。

東郷小学校前を通過

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今回はまず初めに、東郷小学校前で出発直後の舁き山を収めてみましょう。まずは東郷小学校児童を中心とする先走りが通っていきます。

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先走りに続いて舁き山が近づいてきました。舁き山巡行で詰まった交通の流れをさばき、舁き手の安全を守るため、消防士の方々が動員されています。目に映るどの光景も、田熊山笠を象徴するものばかりです。

タイムトライアル:宗像高校前~いせきんぐ宗像

時は変わって16時。田熊山笠はいよいよクライマックスの「タイムトライアル」にさしかかりました。宗像高校前のセブンイレブンを起点に、山小屋のある「いせきんぐ宗像」までの数百メートルを全力で舁いていきます。

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▲タイムトライアル直前の旧3号線
博多と同じように、沿道では水を撒く姿がよくみられます。自動車にかからぬよう、ホースで水を撒く住民の手さばきはもはや職人の域に達しています。毎年水を撒いておられるのでしょう。

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大声と同時に「タイムトライアル」が始まりました。人数が少ないため、なかなか全力で舁くことができない田熊山笠ですが、このタイムトライアルの時だけは別です。人数の多寡に関係なく、博多に負けじと全力で舁き進んでいくのです。

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▲タイムトライアル真っ最中!全力で進め「田熊山笠」

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舁き山は無事に、山小屋のあるゴール地点「いせきんぐ宗像」に到着しました。男衆や筋肉隆々な「宗像サニックスブルース」のラガーマンに混ざって、一緒に山小屋へと戻りましょう。

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▲巡行を終え、山小屋に戻っていく舁き山

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「ヨォ、(二拍)、ヨォ、(二拍)、ヨォ」
最後は田熊手一本で幕を閉じます。この「田熊手一本」、博多式の手一本を参考にしているものと思われますが、だいぶアレンジが加えられています。

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▲田熊山笠終了直後の「いせきんぐ宗像」を眺めて

2015年にいせきんぐ宗像が開業してから、東郷・田熊地区の風景と同じように田熊山笠も進化を迎えました。大人も子供も情熱を注げるような素晴らしい伝統行事が、末永く保存されていくことを祈りながら、今回はシメといたします。

撮影日:2016年7月17日
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  コメント
県内各地、いや、県外にまで山笠は広まっている様子ですね?


祭りの人々の後ろに、何故かラガーマンがいるのは面白く感じます。


(台湾の接収の記事ですが、なぜ中華民国政府じゃなく、国民党が接収したんでしょうか?
共産圏なら党=国家ですが。
本来、日本が持ち帰っていい資産もあったのでしょうか?)

http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/international/international/1-0297260.html
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2016年07月26日(火) 19:14
レラティーさん
> 県内各地、いや、県外にまで山笠は広まっている様子ですね?

福岡には舁き山タイプの山笠が結構広がっています。宗像地方だと田熊の他にも、鐘崎・大島・地島・神湊でも山笠が行われてきました。ただし神湊は近年、休止状態になっています。

> 祭りの人々の後ろに、何故かラガーマンがいるのは面白く感じます。

地元のチーム「サニックスブルース」からの参加もあるんですよ。同チームは今や日本代表選手も輩出する、福岡を代表するラグビーチームになりました。


> (台湾の接収の記事ですが、なぜ中華民国政府じゃなく、国民党が接収したんでしょうか?
> 共産圏なら党=国家ですが。
> 本来、日本が持ち帰っていい資産もあったのでしょうか?)
>
> http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/international/international/1-0297260.html

当時は中華民国=中国国民党といってもいい状態で、党の幹部がそのまま国家の幹部に収まっていました。つまり、共産国家でいうところの一党独裁体制に近いものがあったわけです。

続いて内地人引き上げの話に入ります。日本人が引き上げの際、持参を許されていたのは僅かな金と手荷物だけといわれています。日本人が残した莫大な資産を手に入れたことで、国民党は賠償金の同等もしくはそれ以上のものを得たといえます。台湾人には金が降ってきたどころか、二二八虐殺と白色テロの恐怖が付いてきたのは言うまでもありません。


中国人といい、南樺太・千島を強奪したロシア人といい、何とも野蛮な連中です。野蛮な連中相手に紳士的な対応など、やったところで無駄としか言いようがありません。

もはやのうのうと「サハリン(旧樺太)」「樺太(現サハリン)」だのと、じつに馬鹿らしい自虐地名呼称を抜かしているわけにはいかないのです。日本人は領土保全に対する考え方・危機感の持ち様を根本から変えないと。

最近、樺太について調べていると同島に対する思い入れが強くなってきました。ソ連軍が北方領土で侵犯・虐殺を開始した8月8日には、何か書きたいと思います。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2016年07月26日(火) 23:19
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