台湾の主要都市に行くとよく遭遇するのが、昔ながらの茶色い日本家屋です。

これら日本家屋はたいてい、学校や役所(市政府・鎮郷公所)の附近にあることが多く、日本統治時代に教員・公務員のための宿舎として使用されていたものにあたります。戦後は中国から植民した外省人(在台中国人)が入居し、増改築を受けつつその多くが21世紀まで残ってきました。

現在では台湾人アイデンティティの拠り所として、芸術家育成の場として、郷土資料保存の場として、日本家屋は様々な用途で保存活用されています。

今回は台湾北部の桃園市中壢(ちゅうれき)区、日本統治時代の新竹州中壢街に残る日本家屋について調査を行いました。生憎雨天のため、簡単な調査をすませて切り上げましたが、いくつか写真に残すことができましたのでお届けします。

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中壢にはかつて、台湾屈指の家畜市場が設けられていました。とくに質の良い豚が多く売りに出されていたことから、現在の博愛路一帯は猪埔仔と呼ばれていました。昭和初期の時点ではすでに風俗街に変貌を遂げており、さらに転じて飲み屋街になりました。しかし、道路の拡幅整備が行われたことで従来の飲み屋街は消滅し、猪埔仔と呼ばれていた頃の面影は消え去っています。(写真上の看板による)。

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▲中壢商職業高校(中壢高級家事商業職業学校)
今回調査地に選んだ日本家屋密集地は、そんな猪埔仔と呼ばれていた地区のすぐそばにあります。博愛路に面した中壢商職業高校(こことは別に、中壢商業高校もあります)が見えてきたところで、一旦足を止めます。この学校のすぐ目の前には日本家屋が2棟、荒廃しながらも残っているからです。

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日本家屋は学校正門の真正面にありました。住人はとうにおらず、建物は緑色の高い柵に覆われています。こちらの日本家屋はやはり隣接する、中壢小学校(もとの興南国民学校)の教員宿舎として使用されていました。

今でこそ一部が崩落するなど、荒廃の激しい状態に置かれていますが、幸いにも2017年4月に修復・保存が決定しました。修復後は歴史資料館や、親子を対象にした図書館・カフェが設置される予定です。

(参考ページ)
『自由時報』「〈北部〉中壢國小日式宿舍「修舊如舊」創新生」2017年4月8日


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博愛路から徳育路なる路地に入ると、無機質な集合住宅の中に古そうな2階建て住宅が紛れているのに気が付きました。壁や屋根はトタンで葺かれているものの、その形状からして木造家屋の可能性が高いです。暗くて無機質なコンクリ建てが連続する中壢の地で、よくぞ残ってくれました。

なお、現在中壢商業高校の真新しい校舎が建っている場所には、近年まで日本家屋が密集して残っていました。もう何とでも言えますが、残っている頃に足を運んでおくべきでした。

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徳育路から延平路に出ると、またしても日本家屋が二軒隣り合わせで残っています。屋根の形状からして、お偉い方の宿舎として使われたものでしょう。

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修復・活用が検討されているのか、高い柵で覆われています。修復中の日本家屋でよく見られる、屋根を保護する上屋がうち一軒に設置されている点より、この二軒は近い将来修復される可能性が高いと見ています。

今回は訪れていませんが、中壢市街地には他にも有名な日本家屋があります。その一つ、桃園警察署中壢分所に隣接する木造宿舎群は、うち一棟が先だって修復されました。今や台湾各地で行われている木造宿舎の活用は、中壢でもまさに実践されようとしているのです。

撮影日:2017年3月31日
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