今回は日本統治時代に私設移民村が置かれていた台東県鹿野郷西部をめぐっていきます。

かつての移民村「鹿野村」があった場所は現在「竜田」と呼ばれ、日本人が去った後に台湾人が移り住んでいますが、碁盤の目に整備された区画や日本家屋に当時の面影が残っています。本項では竜田と呼ばれている地域を便宜上「鹿野村」と呼ぶことにします。

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さて、そんな「鹿野村」には既に2014年夏に訪れています。あれから3年の間に、かつて存在した神社「鹿野村社」が現地住民の手によって再建立されました。基礎だけが残っていた同神社がどう変化したのか、この目で確かめてみるついでに、前回見落としていた日本家屋や村内の様子について改めて調査しました。

台鉄鹿野駅から省道9号線に沿って進むと、「鹿野村」に入る坂道が見えてきました。9号線に別れを告げて坂道を進むと、やがて周囲が開けて台地の上に出てきます。

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▲斜面に垂れ下がるタイワンダンチク
台湾に自生するタイワンダンチクは、一般的なダンチクと異なり細くて華奢な茎が特徴です。茎が細いせいか、ダンチクが勢いよく直立している一方で、タイワンダンチクの方は斜面から垂れ下がるように生えているのをよく目にします。また、白っぽい花穂をつけます。

余談ですが、台湾北部の桃園市にある地名「蘆竹」はダンチクを指しています。

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台地上に出てきました。かつての「鹿野村」では、この台地上の平坦地を使って農業が行われていました。現在でもパイナップルを中心に農作物が栽培されています。

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休耕地では巨大なトキワススキが勢いよく生え、大群落を形成しています。福岡のトキワススキはあまり大群落を形成しないうえに、数も多くないんですけれどね。気候が異なれば植生も大幅に異なってくるのです。

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有名な旧内地人移民村に数えられがちな「鹿野村」ですが、実をいうと日本家屋はそれほど多く残っていません。一旦「鹿野村社」を通り過ぎてメインストリートを進むと、やがて右手に前回見落としていた日本家屋が見えてきました。

かつては写真上のような木造家屋がたくさん並んでいたのでしょう。今となっては洋風住宅や台湾伝統の「一条竜」家屋が多数派になっています。

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▲休耕地にトキワススキ

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鹿野駅を出てから20分、ついに目的地の「鹿野村社」に到着。基礎だけだった「神社跡」はすっかり神社に戻り、鳥居・石灯籠・社殿が存在感を放っています。詳細はまた別項で述べたいと思います。

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以上、「鹿野村」の現在についてお届けしました。史跡や農村・自然の風景が適度に混在して美しい場所です。

鹿野といえば気球とパラグライダーの印象が強いですが、近年サイクリングを用いた町おこしも行われているようです。神社近隣にはレンタサイクルを扱う店舗「阿度の店」もありますし、やはり近隣には台東と鹿野を結ぶバス路線の停留所もあります。バスを降りて自転車を借りれば短時間でたくさんの場所を観光できるのです。

撮影日:2017年4月1日
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