東台湾・花蓮県鳳林鎮にあった日本人移民村「林田村」のうち、今回は一番南に位置する南岡集落をめぐります。同集落には戦後、日本人がいなくなった場所に客家系を中心とする台湾人が移り住み、一村と呼ばれるようになって現在に至ります。

また、戦前から戦後にかけて煙草の栽培がおこなわれてきたため、集落内部には収穫した煙草の葉を乾燥させるための小屋「ベーハ小屋」が残っています。今回は旧南岡集落をめぐり、ベーハ小屋や古い木造家屋を探索していきます。なお、本項では集落名を日本統治時代の地名「南岡」に統一します。

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鳳林市街地から中和路を東に進むと、やがて右側に碁盤の目に整備された集落が見えてきます。こちらが今回の目的地南岡集落です。集落に到着すると早速ベーハ小屋が目の前に現れました。

なお中和路をさらに直進すると、洪水被災者の集団移転によって1940年代に成立した金田集落に至ります。

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▲南岡のベーハ小屋(1)

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▲南岡の木造家屋(1)
旧金光邸

南岡の現状について取り扱う先行研究は少ないですが、その中でも『賀田金三郎研究所』が緻密でかつ膨大な情報量を有しています。向こう側と個別のやり取りをしたことはありませんが、林田村に関する生活史が網羅されており、参考に値する有意義な研究を行っていると思います。

個別家屋の元所有者についても、やはり『賀田金三郎研究所』に関連資料が収蔵されています。Facebookページから史料を閲覧できるため良心的な研究機関といえます。

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▲南岡のベーハ小屋(2)

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▲南岡のベーハ小屋(3)

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▲南岡の木造家屋(2)
住居だったかどうかは不明です。形状は日本統治時代末期の台湾西部で開発された、諸移民村の住居によく似ています。小さくてシンプルな造りです。

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▲南岡のベーハ小屋(4)

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▲荒廃したコンクリ造の住宅
形状から見て戦後築のものでしょう。戦後の建造物ですら荒廃している中で、日本家屋や戦前のベーハ小屋が良い状態で残っているのは奇跡といっても過言ではありません。

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▲立花豆腐店跡

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▲朽ち果てた立花豆腐店跡
こちらが豆腐店であったことは『賀田金三郎研究所』の研究を通して存じていました。余りの荒れ果てように、ここで豆腐が売られていたことを思い浮かべようにも難しい有様でした。

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▲旧南岡集会所
住民がつどい議論し合ったであろう集会所は、比較的良好な状態で残されています。

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▲南岡の木造家屋(3)
旧枡本邸

リフォームを受けながらも、非常に良好な状態で現存しています。原形を保っているのも良い。

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▲南岡の木造家屋(4)
旧三瓶邸


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▲南岡の木造家屋(5)
旧森田邸


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▲南岡のベーハ小屋(5)

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▲南岡のベーハ小屋(6)

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▲南岡のベーハ小屋(6)を近くで眺めて

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▲南岡の木造家屋(6)
旧田中邸


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▲南岡の木造家屋(7)
旧清水邸

立派な日本家屋ではありますが、残念ながら一部か所で荒廃が進んでいます。

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▲南岡のベーハ小屋(7)
おそらく清水家所有のベーハ小屋だったものと思われます。

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▲南岡のベーハ小屋(8)

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▲南岡の道路を眺めて
今回南岡集落を調査する中で、きわめて多くのベーハ小屋があったことを確認できました。同時に戦前の木造家屋も比較的多く残存しており、煙草栽培を生業とする日本人移民村としての性格・形状を保存している貴重な地域だといえます。

撮影日:2017年4月2日
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