日本統治時代、東台湾には多数の内地人移民村が置かれていました。中でも現在の鳳林鎮にあった「林田村」は、官設移民村として大正初期から開発され、おもにタバコ栽培が行われました。また、住民には福岡・熊本県出身者が多かったとも記録されています。

そんな林田村の鎮守として建立されたのが、今回登場する林田神社です。大国魂命・大己貴命・少彦名命・北白川宮能久親王を祭神とし、毎年10月6日に大祭が執り行われました(花蓮港庁編『三移民村』花蓮港庁、1928年)。

戦後、間もない時期まで原形をとどめていましたが、やがて中国人首長の指示で破壊され、荘厳な神社境内は見るも無残な姿になりました。そのまま神社の存在は忘れ去られ、境内は雑草の生い茂る荒れ地へと変わっていきました。

時代は移り変わって21世紀になり、再び林田神社の存在は世の知る所となりました。日本統治時代の再評価とともに神社の修復が計画され、ついに荒れ地だった境内は史跡公園として再整備されます。荒れ果てた土地には白い玉砂利が敷かれ、欠損した玉垣は修復を受け、埋められた石段は掘り起こされたことで、林田神社は徐々に本来の姿を取り戻していきました。

修復は二度にわたって行われ、二度目の修復では参道敷石の造成、鳥居・石灯籠の復元がなされました。いっそう神社らしい姿になりましたが、あくまでも史跡公園の造成であって神社の再建ではありません。本殿のあった場所は破壊・放置された後のまま保存されています。

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▲旧林田神社入口
前回訪問時(2013年夏)は鳥居がなく、境内は玉砂利が敷かれた空地にすぎませんでした。あれから4年がたち、鳥居が建ったことで随分と存在感が増しています。また、鳥居の前には車止めが新設されました。これは車が境内に乗り入れることで、参道敷石が劣化することを防ぐための措置です。

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▲手前から二の鳥居・一の鳥居を眺めて
鳥居は神明タイプのものが二基復元されました。参道横には石灯籠が復元されただけでなく、桜の木も植えられています。なお、桜の木は一度目の修復で植えられたものです。

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▲植えられて4年、少しだけ成長した旧林田神社の桜並木
今はまだ細い桜の木ですが、20年もすれば立派な樹木になっていることでしょう。花蓮を代表するお花見スポットになっているかもしれませんね。

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狛犬が鎮座していた台座は相変わらず、木の根っこに呑み込まれようとしています。

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▲旧林田神社社殿跡は相変わらず
社殿まわりの状況は以前とほぼ変わっていせん。ただ、本殿台座の階段は劣化が進んでいるようで、大穴と空洞を見つけました。危ないので本殿台座に登ってはいけません。

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写真上のように、境内奥には発掘された神社遺物がまとめて保管されています。ただし、コンクリ製の屋根のような物体は神社構造物ではなく、戦後間もない時期に短期間存在した鳳林忠烈祠の屋根と思われます(黄家栄氏『花蓮阿榮的花蓮人文、美食情報情報站』「2012/8/20脫胎換骨的林田神社」)。

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鳳林忠烈祠時代の祠屋根は赤く塗装されていたようで、所々に赤い塗料が残っています。

撮影日:2017年4月2日
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