台湾北東部・宜蘭県蘇澳鎮にやってきました。今回はせっかく蘇澳で一泊する機会に恵まれたので、朝の蘇澳市街地を散策してみます。

ついでに台湾屈指の漁港町として名高い、南方澳にも足を運びました。ちょうど清明節の時期なので、寺廟の多い南方澳に行けば、何か催しごとに遭遇できるかもしれない・・・と思いながら、自分の足で歩いていきます。

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今回のウォーキングは蘇澳駅南側にある白米河の白米橋から始まります。実をいうとこの白米河周辺は、戦後台湾史に深く関わりのある場所なのです。戦後間もない昭和22年、台湾に進駐した中華民国政府による大規模な台湾人弾圧「二二八事件」が起きたことは、ご存知の方も多いかと思います。この河川流域はまさに中国人による台湾人虐殺に深く関わりのある場所と言えます。

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虐殺の犠牲になった張雲昌は台北師範学校卒業後、教職員として戦後まで勤めていましたが、戦後蘇澳台湾セメントに転職して財務部門に従事していました。やがて二二八事件が起こると処理委員会の秘書を担当するに至ります。やがて、処理委員会の構成員は弾圧の対象として虐殺されますが、やはりこの人物もいわれなき罪で突然逮捕され、白米甕橋の上で刺殺されました。

その他にも陳登俊なる人物も逮捕され、蘇澳駅付近で刺殺されています。二二八事件では事件に直接関係なくとも、一旦嫌疑をかけられたら最後。ある日突然逮捕され、そのまま生きて戻ってこないケースもありました。

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線路の近くできじ猫を発見しましたが、残念ながらこっちに気付くとすぐに逃げていきました。

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花蓮方面へと向かう省道9号線に別れを告げ、南方澳方面目指して進むと、やがて蘇澳大飯店が見えてきました。古いながらも結構立派な造りをしています。このように蘇澳の町には旅館やホテルが沢山あります。だからこそ今回、蘇澳を宿泊地に選んだのです。

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蘇澳市街地はやがて尽き、海沿いに出てきました。道脇には明らかに、鉄道のものと思われる廃線のトンネルがあります。おそらくこの廃線跡は、蘇澳駅から台湾セメントに続く引き込み線の成れの果てでしょう。

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台湾セメントの巨大な工場を横目に進むと、遠くから爆竹の鳴り響く音が聞こえてくるではありませんか。目線の先には南方澳の街が広がっています。これは間違いなく、どこかの寺廟で催事をやっていますね。

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ビンゴ!南方澳に着いてみると、進安宮に人だかりを見つけました。人だかりの中に入ってみると、南方澳住民が神輿をグルグル回転させながら花火を打ち上げています。廟の横ではドラが鳴っています。花火が噴きあがると歓声が上がります。何とも賑やかじゃありませんか。

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進安宮を離れて小高い丘の上に上がってみると、南方澳の漁港を一望することができます。ここで港内にフェリーが一隻停泊しているのを見つけました。やけに見覚えのある船だなと思いきや、その正体は元「ナッチャン・レラ」でした。元々青函航路で使用されていた高速船ですが、現在では台湾企業に売却されて麗娜に改称されています。

当初の計画では花蓮と石垣を結ぶ航路で使用される見込みでしたが、何かしらの事情で実現することはありませんでした。ところが今後、基隆と石垣を結ぶ国際航路で使用されることになっています。

日本と韓国・中国を結ぶフェリー航路はありますが、台湾とを結ぶ航路は有村産業の撤退以来、ない状態が続いていました。せっかく日台間の行き来が活発になっているのですから、基隆~石垣航路が末永く活用されることを願ってやみません。

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港を見下ろす丘の上に小さな仏像(?)が置かれています。こういうところに台湾人の信心深さが伺えます。

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蘇澳の海岸線が一望できる高台に着いたところで、今回のウォーキングは終了です。

撮影日:2017年4月3日
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  コメント
セメントは水泥というんですね;言い得て妙だと、いつも感心します。

さて、処理委員会というもの、読み始めたときは、蔣介石政権側の委員会かと勘違いしました…
蔣政権に弾圧された、要するに本省人側の委員会ですね?
『「孫玉福」39年目の真実』という、城戸幹さんという残留孤児の著書で、文革時2度とは帰って来なかった人々がいたとあり、中華人民共和国はひどいなあと思ったのですが、中華民国も同じようなひどいことをしたんですね…


(ご当地キャラクターの記事、止めたのでしょうか? 苫小牧に集結したイベントは、北海道では珍しいので、行きたかったです。)

http://www.htb.co.jp/news/article04.html



レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2017年07月08日(土) 22:56
レラティーさん
> さて、処理委員会というもの、読み始めたときは、蔣介石政権側の委員会かと勘違いしました…
> 蔣政権に弾圧された、要するに本省人側の委員会ですね?
> 『「孫玉福」39年目の真実』という、城戸幹さんという残留孤児の著書で、文革時2度とは帰って来なかった人々がいたとあり、中華人民共和国はひどいなあと思ったのですが、中華民国も同じようなひどいことをしたんですね…

中国人とは大方そういう民族なのです。都合の悪い歴史は捏造して都合よく書き換え、それが2~3000年の間に幾度となく繰り返されてきました。


> (ご当地キャラクターの記事、止めたのでしょうか? 苫小牧に集結したイベントは、北海道では珍しいので、行きたかったです。)
>
> http://www.htb.co.jp/news/article04.html

基本的には実際に行かない限り記事にはしないので、止めたわけじゃないです。かなり大きなイベントだったようですね。私の財力だと北海道に行くのは難しいので・・・
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2017年07月17日(月) 16:00
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