昭和20年8月9日、当時のソ連軍は北緯50度線を南下して樺太庁(南樺太)に侵入しました。日本軍は獰猛なロシア人を相手に善戦しましたが、やがて武装解除を命じられたのちは、ロシア人に蹂躙されるがままとなり、多くの日本人が虐殺・強姦・シベリアへの強制連行を被りました。

樺太カラー地図
あれから72年経った今、日本人はすっかり「樺太」を忘れてしまいました。北海道の北にある細長い島はあくまでも「サハリン」でしかなく、「日本から一番近いヨーロッパ」でしかなく、メディアだろうが個人だろうが関係なく、そう思う日本人は年々増えるばかりです。あの島を何のためらいもなく「サハリン」と呼ぶ日本人が増えたことで、北方領土問題の真相はますますぼやけています。

ぼやけて形が見えなくなった「北方領土」

通常、北方領土というのは「北方四島」という別名から分かるように、根室沖の四島(国後島・択捉島・色丹島・歯舞群島)を指しがちです。実際、政府が返還交渉の対象にしているのはこの四島で、得撫島以北の千島列島(北千島)や南樺太は対象に含まれていません。その根拠となるものが、サンフランシスコ講和条約(昭和26年)における南樺太・千島列島の主権・領有権・請求権の「放棄」を指す一文です。

ところが、日本が以上の地域を放棄させられたとはいえ、これを以てソ連(ロシア)への帰属が確定したわけではありません。しかし現在でもソ連―現在のロシア―は、「北方四島」を含む南樺太・千島列島を不当に占拠し続け、大陸部から多くのロシア民族を入植させているのです。それに加え、国際社会は南樺太・千島がロシアに帰属することを追認し、日本人も民間レベルでは「ほぼ追認」という憂うべき状態に至っています。

たしかに敗戦国という弱い立場ゆえに「放棄」させられましたが、だからといって南樺太・北千島を北方領土問題の争点から省くことは望ましくありません。争点から省き、ロシアの一部として扱い、「サハリン」と読んでみせることで、相手に配慮したつもりなのでしょうか。日本側が放棄した地域に対して、何の野心も抱いていないことを示したつもりなのでしょうか。普通に交渉したところで返還の見込みが限りなく「無」に近いというのに、なぜ配慮するのか理解できません。残忍な侵略者に対して、どうして真心を示す必要があるのか理解できません。

どんなに「放棄」を強調したとしても、樺太・北千島も不当に侵略され、占拠された「北方領土」であることには変わりないのです。

配慮の果てに抹殺されゆく「樺太」

以上の導入を踏まえたうえで、ここから本題に入ります。返還交渉の対象に上げる「四島」の場合、現在でもメディア・個人を問わず日本語地名を用いる傾向にありますが、北千島、とくに樺太はどうでしょうか。

北千島の場合、ロシア占領下の現在もアイヌ語由来の島名が使用されているせいか、変なロシア式の地名で呼ばれることは多くありませんし、千島列島という地名もよく耳にします。問題点をしいて挙げれば、集落名・列島名が稀にロシア僭称で呼ばれたり、島名が片仮名で表記されたりするぐらいのことです。

一方、樺太の場合は悲惨です。新聞では「サハリン」が優勢の傾向にあり(産経は基本的に「樺太」を使用、左派メディアは「サハリン」一色の傾向)、個人レベルで見てもやはり状況は変わりません。とにかく「サハリン」がそこかしこでまかり通っているのです。私が見る限りだと、歴史に通じていようが疎かろうが、個人単位でもやはり「サハリン」を使う傾向にありますし、北緯50度以南は名実ともにロシア領として見なされがちです。

あれだけテレビ番組や新聞でしつこいぐらいに「サハリン」が連呼されたら、そりゃ樺太と言わない人間は増えるでしょう。同じロシア人に占領された地域でも、「放棄」という認識の有無でここまで扱い・見方が変わるものかと、一日本人として情けなく思うものです。

そもそも、地名は歴史を伝える重要な要素であり、それを抹殺する行為は好ましくありません。連綿と語り継がれてきた樺太の記憶を、「侵略者」への機嫌取りのために、わざわざ消し去っても良いのでしょうか。

日本政府による「四島の生贄」としての樺太の忘却と、多数のメディアによる「サハリン」使用の常態化は、正確な北方領土問題への無理解という深刻な状況を生み出しました。このまま樺太が日本人の心から忘却されることで、徳川幕府の時代から営まれてきた「日本史」としての樺太史は忘れ去られ、古くから日本人単独による樺太開発が行われたことは史料の奥底に眠るばかりとなるでしょう。

せめて「樺太」という地名の慣用だけは残ってほしい。そう思いを込めながら、今回は樺太島内の地名について簡単にご紹介します。

今だからこそ呼び覚ましたい樺太地名(自治体名)

(凡例)
◎とよはら:小川(1925)における地名表記
●とよはら:『朝鮮・樺太・関東州・南洋諸島地名の読方及び人口表』(1938)における地名表記
〇とよはら:『最近検定市町村名鑑. 昭和16年版』(1940)における地名表記
■とよはら:『最近検定市町村名鑑. 昭和18年版』(1942)における地名表記、欠落・誤記が多い
驛とよはら:『鉄道停車場一覧. 昭和12年10月1日現在』(1937)における地名表記(駅名としての採用分のみ)

資料によって発音が異なる地名は太字で表示しています(明らかな誤植をのぞく)。また、最後の☆(駅名)以外は出版年順に並べています。

豊原支庁

・豊原市 ◎とよはら ●とよはら 〇とよはら ■とよはら 驛とよはら
・豊北村 ◎とよきた ●とよきた 〇とよきた ■とよきた
・川上村 ◎かわかみ ●かわかみ 〇かわかみ ■かわかわ(誤植) 驛かわかみ
・落合町 ◎おちあい ●おちあい 〇おちあい ■おちあい 驛おちあい
・栄浜町 ◎さかいはま ●さかえはま 〇さかえはま ■さかえはま 驛さかえはま
・白縫村 ◎しらぬい ●しらぬい 〇しらぬい ■しらぬい
・大泊町 ◎おおとまり ●おおとまり 〇おおどまり ■おおどまり 驛おおどまり
・千歳町 ◎ちとせ ●ちとせ 〇ちとせ ■ちとせ
・深海村 ◎ふかうみ ●ふかみ 〇ふかみ ■ふかみ
・長浜村 ◎ながはま ●ながはま 〇ながはま ■ながはま
・遠淵村 ◎とおぶち ●とおふち 〇とおぶち ■とおぶち
・知床村 ◎すりとこ ●しれとこ 〇しれとこ ■しれとろ(誤植)
・富内 ◎とむない ●とむない 〇とむない ■とむない
・留多加村 ◎るたか ●るたか 〇るたか ■るたか 驛るうたか
・三郷村 ◎(未成立) ●さんごう 〇さんごう ■さんごう
・能登呂村 ◎のとろ ●のとろ 〇のとろ ■のとろ

真岡支庁

・真岡町 ◎まおか ●まおか 〇まおか ■まおか 驛まおか
・広地村 ◎ひろち ●ひろち 〇ひろち ■ひろち 驛ひろち
・蘭泊村 ◎らんとまり ●らんどまり 〇らんとまり ■らんとまり 驛らんとまり
・清水村 ◎しみず ●しみず 〇しみず ■しみず 驛しみず
・本斗町 ◎ほんと ●ほんと 〇ほんと ■ほんと 驛ほんと
・好仁村 ◎よしに ●こうに 〇こうに ■こうに
・内幌村 ◎ないほろ ●ないほろ 〇ないほろ ■ないほろ 驛ないぼろ
・海馬村 ◎かいば ●かいば 〇かいば ■かいば
・野田町 ◎のた ●のた 〇のだ ■のだ 驛のだ
・小能登呂村 ◎このとろ ●このとろ 〇このとろ ■このとろ 驛このとろ
・泊居町 ◎とまりおる ●とまりおる 〇とまりおる ■とまりおる 驛とまりおる
・名寄村 ◎なより ●なより 〇なより ■なより
・久春内村 ◎くしゅんない ●くしゅんない 〇くしゅんない ■くしゅんない

敷香支庁

・敷香町 ◎しくか ●しくか 〇しくか ■しくか 驛しくか
・泊岸村 ◎とまりきし ●とまりぎし 〇とまりぎし ■とまりぎし 驛とまりきし
・内路村 ◎ないろ ●ないろ 〇ないろ ■ないろ 驛ないろ
・元泊村 ◎もととまり ●もととまり 〇もとどまり ■もとどまり 驛もととまり
・知取町 ◎しるとる ●しるとる 〇しりとる ■しりとる 驛しりとり
・帆寄村 ◎ほより ●ほより 〇ほより ■ほより 驛ほより
・散江村 ◎ちりえ ●ちりえ 〇ちりえ ■ちりえ 

現在の学校教育で用いられる地図帳では敷香を「しすか」と表記していますが、戦前の資料では専ら「しくか」と表記されています。それにしても、知取が「しりとり」なのか「しりとる」なのか、依然としてよくわかりません。

恵須取支庁

・恵須取町(市制施行直前に失地) ◎えすとる ●えすとる 〇えすとる ■えすとる
・塔路町 ◎●〇(当時恵須取町の一部につき掲載なし) ■とうろ
・名好町 ◎なよし ●なよし 〇なよし ■なよし
・西柵丹村 ◎にしさくたん ●〇(当時恵須取町の一部につき掲載なし) ■(文章欠落)
・鵜城村 ◎うしろ ●うしろ 〇うしろ ■うしろ
・珍内町 ◎●〇(未成立) ■ちんない



(参考資料)
小川琢治『市町村大字読方名彙』成象堂、1925年
鉄道省編『鉄道停車場一覧. 昭和12年10月1日現在』川口印刷所出版部、1937年
沢田久雄編『朝鮮・樺太・関東州・南洋諸島地名の読方及び人口表』日本書房、1938年
『最近検定市町村名鑑. 昭和16年版』福神出版部、1940年
文録社編輯部編『最近検定市町村名鑑. 昭和18年版』文録社編輯部、1942年
関連記事




にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ にほんブログ村 地域生活(街) その他ブログ ゆるキャラへ

「ご当地」の魅力をより多くの方にお伝えするため、ブログランキングに参加中です。

バナークリックの方もよろしくお願いいたします。



上のリンクからチャンネル登録できます。台湾旅行に興味のある方、レイルファン・ご当地キャラファンの方、どうぞ気軽にお立ち寄りください。




スポンサードリンク
  コメント
これは…
事なかれ主義で先送りしてきた結果ですかね。結局は役人もサラリーマンだもんなあ…


権力と闘うのがマスコミの本分て言う連中もおりますが、外敵に対し闘うどころか樺太すら言わないもんなあ。


自国の総理には加計や森友の騒動で、嘘を百回言って本当にしてやる的戦法をとって、ロシア様には何も言わない、役に立たねえな、としか。こんなとこまで報道しない自由かよ、ってね。
焼きそば #t50BOgd. [ 編集 ]    2017年08月14日(月) 22:46
焼きそばさん
> 事なかれ主義で先送りしてきた結果ですかね。結局は役人もサラリーマンだもんなあ…

事の元凶はマスコミでもあり外務省でもあるともいえます。何かにつけて国益に反する配慮、忖度を続けた結果が今ですからね。今日、お隣の国が国家間の協定に背いて金欲しさに謝罪と賠償を要求し続けていますが、これで政府があちらの意向に忖度したら、それこそ頼める政党・政権が存在し得なくなっています。

だからこそ、安倍政権には強い態度でやってもらいたいものです。総理が前々から仰る「戦後レジーム」からの脱却のためにも・・・「もはや敗戦国ではない」という言葉を大声で叫べる世の中になることを願わずにはいられないのです。


> 権力と闘うのがマスコミの本分て言う連中もおりますが、外敵に対し闘うどころか樺太すら言わないもんなあ。

番組によっては、北緯50度線に何も引かれていない国境入り世界地図を用意していますからね、結構な割合で。ちゃんと世界各国の領土紛争地域(カシミールやエジプト・スーダン国境)には両国の主張する国境線が描かれているにもかかわらず、未だに帰属未定と「主張せねばならない」北緯50度線には何も引かれないで、あたかも樺太全島が名実ともにロシアであるかのような地図になっているのです。

各国では北方領土(南樺太・南北千島を含む)をロシアと見なす地図が標準になっているようですが、そもそも当事国ではないのですから、現状に従っても何ら不思議ではありません。南樺太・千島が領土未確定であることを主張することに意義があるのは、あくまでも当事国である日本だけです。その日本がロシアに忖度ばかりしては、それこそ樺太の存在は地理的に抹殺されて消えていくばかりでしょう。

領土問題でもめている地域なのに、なぜ地名を侵略者側のものに言い換えるのか、私にはまるで意味が分かりません(特に稚内近辺)。本項でも述べましたが、放棄したから等閑にしても良いというスタンスなのでしょう。滞在途中で気分を害してしまいそうですが、いずれ稚内に行ってあの近辺の樺太観を取材したいところです。


> 自国の総理には加計や森友の騒動で、嘘を百回言って本当にしてやる的戦法をとって、ロシア様には何も言わない、役に立たねえな、としか。こんなとこまで報道しない自由かよ、ってね。

報道しない自由、世間で散々に問題視されてもマスコミは知らん顔ですね。本当にこの国の報道機関はいったい何をしているんだと言いたいです。媒体によっては、日本のメディアとは想えない書きぶりですからね。世論を煽って戦争に導いた媒体が、戦争責任を他人に転嫁する始末ですし。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2017年08月17日(木) 00:37
「放棄」というのは、彼らのものになった意味ではなく、ましてや歴史は消してはならないものです。
私の祖母、叔母、母は北海道に逃れられたのですが、三船遭難事件など、大変なことも多かったことは、ご承知の通りでしょう。

地名の読み方、お調べくださいまして、ありがとうございます。
真岡はこちらを先に知ったので、栃木県の真岡の読み方のほうが違和感があります。
恵須取は、公式には仰るとおり「えすとる」だったのでしょうが、名寄や恵須取にいた祖母は常に「えすとり」と言っていたので、公式のものと、一般住民の日常の呼び方が異なっていた可能性はありますね(市制施行の件は驚きました)。
何故か北見市の姉妹都市である敷香は「しすか」のほうがしっくりきます;NHKの気象通報でそう読んでいましたので(近年はロシア語読みされているようですが);学校教育の地図には、ちゃんと敷香となっているんですね。


北千島と違うのは、日本、殊に北海道(道庁など)は樺太との経済的繋がりを考えていて(サハリン1とか石油資源でしょうね)、それゆえ彼らのルールに乗っているように感じます。
九州だと韓国や台湾との交流で経済が活性化していることも、意識しているように報道番組では言っていました。
一時期、みちのく銀行も進出、道庁の「北海道サハリン事務所」なるものも豊原にあります。
稚内でも、樺太との航路の行先をコルサコフ行と案内する等、他の日本国内と変わりなく、既に外国扱いです。


北方領土については、今も当地で写真展が開催されていますので、北千島や樺太などの「放棄」となった地域との差を感じます。


北海道には産経新聞の販売が無く、「樺太」と呼んだり和暦を使ったりすることは、知らなかったです。
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2017年08月19日(土) 02:04
地元紙である北海道新聞は、サハリンと樺太、両方使用しています。記事に樺太を使用しているのは、新聞の売上を考えてのことなのかは分かりませんが。

南樺太や北方領土だけでなく竹島も日本固有の領土なのに、不法占領されているのは、政治家・外務省・マスコミに加え、教育現場できちんと教えなかった日教組所属教師の責任も少なからずあると思っています。

相手がプーチンなだけに、ロシアに経済協力(援助)をもちかけて領土返還を期待しないのがよいでしょう。安倍政権も交渉では狡猾に立ち回ってもいいくらいです。
影武者2号 #avedNNBc [ 編集 ]    2017年08月19日(土) 22:01
影武者2号さん
> 地元紙である北海道新聞は、サハリンと樺太、両方使用しています。記事に樺太を使用しているのは、新聞の売上を考えてのことなのかは分かりませんが。

北海道新聞の記事もいくつか読みましたが、やっぱり「配慮」が多すぎるのかなと思います。例えば読売新聞でも地図上の北緯50度線をなかったことにしていますし、樺太問題は「放棄」の名のもとで適当にあしらってはいけないです。相変わらず左派2紙は酷い書きっぷりですし・・・


> 南樺太や北方領土だけでなく竹島も日本固有の領土なのに、不法占領されているのは、政治家・外務省・マスコミに加え、教育現場できちんと教えなかった日教組所属教師の責任も少なからずあると思っています。

日教組は本当にひどい組織だと思います。いつだったか忘れましたが、社会科の授業で成立したばかりの有事関連三法が扱われた際、「戦争に近づく」等々、当時の担当教諭が酷いコメントばかりしていたのを思い出します。


> 相手がプーチンなだけに、ロシアに経済協力(援助)をもちかけて領土返還を期待しないのがよいでしょう。安倍政権も交渉では狡猾に立ち回ってもいいくらいです。

個人的に、現在話題になっている共同経済活動には反対です。ある国会議員の方も懸念されていたように、これを口実に向こうの主権を認めてしまいかねず心配に思うところです。現在返還交渉を加速させるのは、当然ながらロシアを利する形になるでしょう。百害あって一利なし、交渉で歯舞の砂一粒たりとも返還できるとは到底思いませんし、返還のチャンスは今ではないと思います。

そもそも日本人の多くが「失地回復」を完全に諦めている傾向にあるので、領土や歴史に対する正しい理解こそ今すべきことではないでしょうか。それにしても、プーチンの下で大規模な軍国化・周辺国への恫喝を行っているロシアですが、「プーチン後のロシア」がどうなるかとずっと考えているところです。
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2017年08月21日(月) 12:38
レラティーさん
> 「放棄」というのは、彼らのものになった意味ではなく、ましてや歴史は消してはならないものです。
> 私の祖母、叔母、母は北海道に逃れられたのですが、三船遭難事件など、大変なことも多かったことは、ご承知の通りでしょう。

一言に放棄と言っても、外務省の見解とメディアの思惑は似て非なるものだったりします。たとえば外務省の樺太に対する冷ややかな対応に関しては「放棄した以上帰属に言及する権限はない」というものでしょうし(永山氏のブログ『台湾は日本の生命線!』参照のこと)、メディアの場合は「ロシアへの配慮」「樺太の領有放棄・ロシアによる占領は、日露戦争により日本人が侵略した土地を正義の下で接収した(全くの出鱈目)」といった自国否定・自虐史観によるものだと思います。


> 地名の読み方、お調べくださいまして、ありがとうございます。
> 真岡はこちらを先に知ったので、栃木県の真岡の読み方のほうが違和感があります。
> 恵須取は、公式には仰るとおり「えすとる」だったのでしょうが、名寄や恵須取にいた祖母は常に「えすとり」と言っていたので、公式のものと、一般住民の日常の呼び方が異なっていた可能性はありますね(市制施行の件は驚きました)。

まだ活字媒体が少ないころですし、樺太の外地だった頃が長かったこともあってか、やはり人や媒体による地名呼称の乱れというのがありますね。「しるとる」「しりとり」と呼称が乱れがちな知取もその一例だと思います。


> 何故か北見市の姉妹都市である敷香は「しすか」のほうがしっくりきます;NHKの気象通報でそう読んでいましたので(近年はロシア語読みされているようですが);学校教育の地図には、ちゃんと敷香となっているんですね。

そういえば、地図帳では「しすか」と表記されていますね。政府が樺太に対する良い姿勢を見せていれば、各地の地名が法的に規定・リスト化されたんでしょうけれども。


> > 北千島と違うのは、日本、殊に北海道(道庁など)は樺太との経済的繋がりを考えていて(サハリン1とか石油資源でしょうね)、それゆえ彼らのルールに乗っているように感じます。

北海道や道内の都市、とくに稚内市は「経済的なつながり」「ブランドの確率」名目で樺太の歴史や領土問題をそっちのけにしているところがありますね。命からがら古い漁船で逃れてきた人や、避難叶わず殺された庁民の姿を見てきたであろうというのに、その事実をうやむやにする姿勢に危機感を覚えるものです。

歴史を口実に「ゆすりたかり」を続ける朝鮮半島とは異なる日本人の姿勢を美化する動きもあると思いますが、それだけでは駄目だと思うんですよね。北方領土問題に関しては、あまりにも歴史の真実・教訓を軽視し過ぎている状況です。


> 九州だと韓国や台湾との交流で経済が活性化していることも、意識しているように報道番組では言っていました。

本当は一緒にしてはいけないんですけれどね。そこが分からないんでしょう、特に稚内の人々は。私の狭い見識の限りだと、「最北」というブランド欲しさに樺太が犠牲になっているとしか思えないのです。


> 一時期、みちのく銀行も進出、道庁の「北海道サハリン事務所」なるものも豊原にあります。
> 稚内でも、樺太との航路の行先をコルサコフ行と案内する等、他の日本国内と変わりなく、既に外国扱いです。

どこの機関も(大泊)や(真岡)などと、せめて括弧でも良いから和名を併記しようという気概が最近では見られない。そんな配慮をしたところでロシア人が喜ぶと思うのでしょうか、むしろほくそ笑むだけです。そもそも樺太に領土問題があることも忘れ去られようとしているのでしょう。

当事者でない以上、他の国は現状に沿って考えるのが当然の成り行きですから、樺太について考え・伝えるのは日本人しかいないのです。本当に残念でなりません。


> 北方領土については、今も当地で写真展が開催されていますので、北千島や樺太などの「放棄」となった地域との差を感じます。

樺太は北方領土唯一の「本土」でしかも一番経済的に成長していた地域なので、肝心な存在だと思うんですけれどね。樺太について考え伝えることこそ、北方領土の実態をつかむうえで重要なことだと思いますが、どこも無視ばかりしている状況は、何度も申し上げますが残念でなりません。


> 北海道には産経新聞の販売が無く、「樺太」と呼んだり和暦を使ったりすることは、知らなかったです。

産経新聞はYahooニュースで記事を掲載しているので、ぜひお読みください。北方領土に関する有意義な情報もたまに見つかったりしますよ~
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2017年08月21日(月) 13:10
>まだ活字媒体が少ないころですし、樺太の外地だった頃が長かったこともあってか、やはり人や媒体による地名呼称の乱れというのがありますね。「しるとる」「しりとり」と呼称が乱れがちな知取もその一例だと思います。

そうですね、活字媒体、特に振り仮名については、調べるのが困難な箇所もありますね。


>そういえば、地図帳では「しすか」と表記されていますね。政府が樺太に対する良い姿勢を見せていれば、各地の地名が法的に規定・リスト化されたんでしょうけれども。

日本の法律や条例では、地名に振り仮名が無く、違った名前で読んだとしても、法的には誤りとまではいえない現状もありますね。
ただ、歴史史料として、きちんと調べ、振り仮名もきちんと記録に残す必要はあると思います。

祖母宅にあったはずの「樺太名寄会」の機関紙は、ざっと読んだ程度ですが、振り仮名など何か情報があればお知らせします。



>北海道や道内の都市、とくに稚内市は「経済的なつながり」「ブランドの確率」名目で樺太の歴史や領土問題をそっちのけにしているところがありますね。命からがら古い漁船で逃れてきた人や、避難叶わず殺された庁民の姿を見てきたであろうというのに、その事実をうやむやにする姿勢に危機感を覚えるものです。

真岡郵便局の集団自決については、さすがに追悼を毎年しています。
私も先輩とともに追悼碑を訪れたことがあります。(稚内や根室、やはり密漁のチェックは大変なようです)
やはり過去は過去で伝え続ける必要があるし、ご存命の方から早いうちに実体験を聴取したいものです。
http://uhb.jp/news/?id=2487


>本当は一緒にしてはいけないんですけれどね。そこが分からないんでしょう、特に稚内の人々は。私の狭い見識の限りだと、「最北」というブランド欲しさに樺太が犠牲になっているとしか思えないのです。

端っこより中間のほうが経済は活性化しますよね?
最北のブランドが欲しいというより、諦念のように感じます。
こういう姿勢を取っているのは、国、道、或いは隣国に配慮しすぎているのでしょうか?

また、日教組のなかでも特に強かった北教組、その影響を我々は小中学校で受けてきました。
それも一因なのでしょうね。

平成の稚泊航路のフェリーがあったとはいえ、廃されたわけですが、領土問題に関心がある人が多ければ、もっと長くもったのではないでしょうか?
かくいう私も、乗る機会がないままでした・・・
函館にいた頃は、一時期存在した豊原への航空路を使って訪問する気でいました。
一度は現地訪問し、祖先の足跡を辿りたいものですが、今は、もう新千歳との航空路を使うしかない、かと考えております。
レラティー #rcEo15nI [ 編集 ]    2017年08月21日(月) 22:54
コメントを投稿する
URL(任意):
コメント:
Pass(削除用):