今回は宗像市西部、大井川の中流域に広がる大井地区をめぐっていきます。結論から言うと、大井地区の地名調査は簡単そうで、案外そうでもなかったです。意外にも難儀しました。

というのも、宗像市内の集落名・小字というのは、大字によってすぐにわかる場所そうでない場所に二分できるからです。

前者は旧玄海町や旧南郷村に多く、現在でも地域コミュニティ(班)を区分するうえで、小字や小名といった細かな地名が用いられる傾向にあります。後者は宅地化された地域に多く、部外者が小字・小名を知るのはそう簡単ではありません。

小字・小名がどうしても分からない場合、次に古い文献にあたってみます。たとえば宗像の地名を調べるうえで、参考になるのが『宗像郡誌』です。とくに下編の字小名取調簿には小字・小名がリストアップされているお陰で、どの地区にどんな地名があるか一通りわかります。

それでも分からないのが、これら小字・小名がどの場所にあるかということです。集落名ならいざ知らず、農地・山林名になるとまるで分りません。そこで、次に調べるのが遺跡名です。

遺跡名は「大字+小字」を合成したものが多く、遺跡所在地が特定すれば分かるケースもあります。それでも分からない場合は、不動産関連の情報にあたって、登記簿に記載された小字を断片的に知ることもできます。

また、橋の名前から小字のおおまかな位置を特定することもできます。今回、大井地区の地名を調べるうえで、橋の存在に助けられました。

長い前置きはこれぐらいにして、大井地区の地名めぐりに入っていきましょう。

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まずはじめに、西鉄バスの桝丸バス停にやってきました。大井地区の小字名で人目につくものはそう多くありません。このバス停名もまた、大井地区の小字名にあたります。

バス停から地内を流れる大井川沿いに向かうと、そこには河川美化の啓発看板が建っていました。看板には地図が掲載されており、その中には橋の名前もズラリと記されています(写真上)。

地図には岩道橋・亀石橋・榜寺橋・観音橋・桝丸橋・中屋敷橋・本村橋・金丸橋、そして割石橋の名前が見えます。これらの橋名のうち、『宗像郡誌』には榜寺・桝丸・中屋敷・金丸・割石の名が掲載されていました。

桝丸橋

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桝丸橋は同名のバス停から数十メートル西にありました。橋のすぐ西側は桝丸集落です。

中屋敷橋

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桝丸橋から川に沿って上流を目指すと、中屋敷橋が見えてきました。この中屋敷も集落名らしく、橋の西側には農村家屋が密集しています。

本村橋

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中屋敷橋のすぐ上流側にあるのが本村橋です。本村というからには、橋の近くに大井の中心集落があるのでしょう・・・と思いましたが、『宗像郡誌』のリストにはなんと、大井地区の小字としての本村がありません。

じつは先日、東郷駅前で小さな地図看板を見つけました。そこには大井・田熊地区の地名が掲載されていて、その中に本村がありました。(恐らく)小字ではない・・・にも関わらず!

小字に本村がないということはつまり、ここ大井では特定の小字の別称として、本村が使われているのではないかと考えました。ここでパッと頭に浮かんだのが・・・中屋敷です。

もしかすると、中屋敷の別称として本村が使われるようになり、今では本村の知名度が中屋敷を上回ってしまったのかもしれません。

(追記)
一つの結論に至りました。どうやら小字集落名は分けて考えたほうが良さそうです。

すなわち、一つの集落に1つの小字しかない場合もあれば、複数の小字が含まれる場合もあるということです。また、集落名と同名の小字が存在しうる一方で、そうでない場合も多い、ということでもあります。

本村の場合、この地名は集落名であり、中屋敷は本村集落の中にある一小字にすぎません。この法則に気づくことで、地名探索が以前よりも楽になりました。

字小名取調簿の謎

『宗像郡誌』の字小名取調簿を見る中で、いくつか気になる点が見つかりました。

本村が掲載されていないだけでなく、大井ダムの上流にある集落名「釈迦院」も見当たりません。つまり小字としてカウントされていないのです。

(追記)
これも集落名・小字を分けて考えることで、無事に解決しました。釈迦院も本村と同様に、あくまでも集落名でしかなかったのです。

金丸橋

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さらに上流を目指すと、金丸橋が見えてきました。こちらは集落地名ではないようです。シンプルな形状の橋で、欄干には橋名のプレートがありません。

金丸橋からさらに上流を目指すと、次第に左右の谷が狭まって山の中に入ります。やがて大井ダムの堤体に行く手をふさがれ、そこから先に進むことは不可能でした。

ちなみに、先ほどご紹介した割石橋は、ダム管理道路のちょうど入口にあります。渡ることはできますが、その直後に管理ゲートが立ちはだかっています。

秀円寺・和歌神社など

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再び下流方面に戻って、今度は大井川の東岸をめぐっていきます。写真上の寺院は秀円寺といい、曹洞宗に属しています。

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秀円寺のすぐ北側には和歌神社が鎮座しています。いわゆる大井地区の鎮守で、同名の和歌集落が神社の北側に、神社名に由来するという新興住宅地「和歌美台」は、東側の丘陵上に広がっています。

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和歌集落の近くを移動中、道脇の壁が一か所だけ凹んでいる場所を見つけました。怪しがりて寄りてみるに、窪みの中に石塊が置かれてました。いわゆる庚申塔ですね。

庚申塔は恐らく、昔からこの場所にあって、斜面だったのではないかと思います。和歌美台開発とともに、斜面が擁壁になった結果、庚申塔を保護するために窪みが生じたのでしょう。

今回の探索はここでおしまい。ご視聴ありがとうございました。

撮影日:2018年6月
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  コメント
はじめまして。このブログで大変勉強させていただいている者です。
私も、昔の地名について興味を持ち、いろいろと調べております。

その中で、想像もしていなかったことですが、昔の地名には人権の問題があるということを知りました。
市職員の方もおっしゃっていたのですが、地名と差別は密接に絡み合っているため、
なかなか役所のほうでは、昔の地名を残したり資料としてまとめたりすることは難しいそうです…。
#- [ 編集 ]    2018年10月12日(金) 13:32
?様
> はじめまして。このブログで大変勉強させていただいている者です。
> 私も、昔の地名について興味を持ち、いろいろと調べております。

いつもご視聴ありがとうございます。


> その中で、想像もしていなかったことですが、昔の地名には人権の問題があるということを知りました。

被差別系の問題もあってか、地名を消し去る道を選んだ集落も少なくないのではないかと思っています。
地名には歴史が複雑に絡んで、現代の我々にも影響を与えているんですよねぇ。宅地化で乱立した「~台」「~ヶ丘」の件にしてもそうですし。


> 市職員の方もおっしゃっていたのですが、地名と差別は密接に絡み合っているため、
> なかなか役所のほうでは、昔の地名を残したり資料としてまとめたりすることは難しいそうです…。

古地図があれば少しはどうにかなりますが、それが入手しづらいといよいよ大変ですよ。あとは聞き取りで断片的に地名・位置を同定するしかなさそうですね。役所が動かないとなれば・・・
wra #9MBBB9Tg [ 編集 ]    2018年10月13日(土) 00:21
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