稲元地区は宗像市中央部にあり、住宅地が密集している地域です。
地区の中央を旧3号線(r69)・JR鹿児島本線・釣川が通り、中央部の平地と南北部の丘陵地帯に分かれています。住宅地は主に丘陵地帯上に、平地には水田地帯や商業施設が分布しているのが特徴です。


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【稲元(本村?)】

稲元地区の中心部にあり、稲元公民館があります。
古い日本家屋を至る所で見ることができました。


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稲元公民館は旧3号から細いわき道に入り、坂を少し上った場所にあります。
公民館付近へ行ったのは今回が初めてです。

宗像市稲元公民館宗像市稲元公民館
▲稲元公民館
二階建ての大きな建物。


宗像市稲元
▲稲元公民館から旧3号方面を見て
見えづらいかもしれないが、写真奥にJR鹿児島本線の811系電車が写っている


宗像市稲元八幡宮宗像市稲元萬福寺
▲公民館そばにある八幡宮と萬福寺


【稲元八幡宮】

宗像市稲元八幡宮

宗像市稲元八幡宮鳥居刻銘
▲鳥居の建立年は江戸期の「文化14(1817)年」とある

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(稲元八幡宮由緒)
(御祭神) 
応神天皇
比咩大神(ひめおおかみ・宗像三女神)
神功皇后

(由緒)
古、豊前国宇佐神宮をこの地に勧請し、歳を経て天正十一(1513)年に宗像大宮司氏貞が社殿を造営した。
現在の本殿は、元禄十(1697)年に再建したもので、「大工鐘崎蒲五兵衛」と置札に記されている。小ぶりではあるが、彩色も鮮やかに紅を塗りあげた元禄期の手法をよく伝える神社建築である。
三間社流造、銅版葺、建坪16.65平方メートル。

(末社 二宇)
右横 須賀神社、厳島神社、海住神社、合祀一社
左横 貴船神社、大歳神社、山王神社、合祀一社

『稲元八幡宮 むすびの会』看板より


【日焼原】

日焼原と書いて「ひやけばる」と発音します。「原」を「はる」と発音するのは九州ならでは。
稲元地区北部の丘陵地一帯に属し、城西ヶ丘と一体化した住宅地になっています。
バス停名・信号名・公民館名に名が残されているため、地名消滅の危機からは十分に免れています。

宗像市稲元日焼原

宗像市稲元日焼原
▲日焼原交差点

宗像市西鉄バス日焼原バス停
▲日焼原バス停



【松山】

稲元地区西部に位置し、現在の稲元三丁目に該当すると思います。
現在も公民館名に名が残されています。


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宗像市稲元松山

宗像市稲元松山公民館
▲松山公民館


【野添】

釣川南岸の一部も稲元地区に該当しますが、その南岸一帯は野添と呼ばれていたようです。
稲元地区の大半が釣川北岸にある中、ここだけが南岸にあるため曲地区や田久地区と生活圏が一体になっているような感じがしました。

現在も橋と公民館に名前が残されています。


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宗像市稲元野添公民館
▲野添公民館

宗像市稲元野添
▲字野添一帯は稲元一丁目に属する

宗像市野添橋
▲釣川に架かる野添橋
r527号拡幅工事のため、近年新しい橋に架け替えられた



字野添には小さな神社があり、鹽竃(しおがま?)神社と呼ばれています。
行くまでに少々迷いましたが、どうにか到着しました。


【鹽竃神社】

宗像市稲元鹽竃神社
宗像市稲元鹽竃神社
宗像市稲元鹽竃神社

宗像市稲元鹽竃神社の鳥居
▲鳥居の高さは低め

宗像市稲元鹽竃神社
▲神社から字野添一帯を臨む
写真中央奥にあるのは河東中学校

宗像市稲元鹽竃神社宗像市稲元鹽竃神社
▲鳥居と拝殿


宗像市稲元鹽竃神社宗像市稲元鹽竃神社
▲鳥居の建立年は「昭和17(1942)年1月」とある


今回稲元地区を調べてみて、大字の飛び地が2か所あることが分かりました。
元々稲元地区だった場所を城西ヶ丘として開発したからかもしれません。詳細は後日調べ直したいと思います。

(追記)

稲元地区の小字について調べたところ、今回紹介した場所の他、「砂入」「西ヶ崎」「唐戸田」「牟田」「釣」「菅ヶ浦」「中谷」といった地名も存在することが分かりました。
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