今回は、宗像市村山田地区にある「的原神社」の様子をお送りします。

以前にも同名の「的原神社」を2か所取り上げましたが、これら3神社はそれぞれ近くにあるので、混同しないように注意が必要です。


(参考)

「的原神社(福津市八並)」

「的原神社(宗像市平井・田熊)」


当神社は宗像市最西端の村山田地区に位置し、すぐ目の前を「旧3号」こと県道97号(県道福間宗像玄海線)と鹿児島本線が通り、すぐ西側には福津市との境界があります。
福津市との境界線上には白水峠があり、釣川水系と西郷川水系を隔てる分水嶺となっています。峠とはいえ標高は低く、宗像と福間方面を結ぶメインルートとして、国道3号線バイパスに負けじと賑わいを見せています。
付近を走る鹿児島本線は築堤の上を走っており、曲線もあることから、電車は車輪をきしませながらゆっくりと走りぬけてゆきます。村山田界隈はレイルファンの間でも有名な撮影スポットとして知られており、事あるごとに多くの撮影者で賑わっています。


前置きはそれぐらいにして、ここからは神社の様子を見ていきましょう。


 
▲鳥居は合わせて3基。三の鳥居は奥に隠れており見えない。

 
▲一の鳥居 の刻銘。昭和8(1933)年建立であることが分かる。
右柱には皇紀(神武天皇即位紀元2593年)も刻まれていた。皇紀元年:紀元前660年



▲二の鳥居

 
▲右:二の鳥居 の扁額は「的原宮」。 左:二の鳥居 の刻銘。一の鳥居と同じく昭和8年建立であることが分かる。


▲三の鳥居


▲三の鳥居 の刻銘。こちらは太平洋戦争開戦の年、昭和16(1941)年の建立である。


▲芳名碑



 
参道を進んでいきます。
狛犬が左右それぞれ、少しずれた場所に配置されていました。

 




少し長めの階段を登ると、今まで鬱蒼としていた周囲がひらけ、拝殿が見えてきました。写真が一部逆光になっていますが、どうかご了承ください。



 
▲左:日露戦役記念碑 右:御大典(天皇即位に関する儀礼の総称)記念樹の石碑

 
▲石碑類

 
▲左:拝殿 右:本殿

 
▲左:神社裏側 右:芳名碑

神社の裏側にまわってみましたが、末社などの類は確認できませんでした。

 
▲左:玉垣寄付者に関する芳名碑 右:紅葉に埋もれた手水鉢

訪問当時(11月終り頃)は紅色に染まった紅葉が美しく、たいそう趣がありました。









▲神社由緒の額

(以下、由緒説明。読みやすくするため、一部 旧字体を新字体に直し、送りがなを加えています)

的原宮御由緒

御祭神

  大国主命
  味鉏高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)
  下照姫命
 
 筑前続風土記拾遺四営社は貞享二年三月 八並村より勧請す。宗像神社古縁起に八並村的原大明神は許斐権現の後神にして文徳天皇御宇天安元年 許斐権現とともに熊野より勧請して奉るよし見えたり。
 古事記に大国主命 胸形の奥津宮に座す多紀理毘売(たきりびめ)命を娶まして生ませる御子の味鉏高彦根命 次に妹下照姫命にあり。宜しく高大なる御神徳を欽仰し朝夕崇敬の誠をいたすべきなり。
 
                       昭和九年九月十一日

 



▲横たわる石柱。刻銘も読み取れる。

 
▲左:「夫婦松」の石碑 右:夫婦松?
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