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台北(たいほく/タイパク)市中心部、南京東路・新生北路・林森北路・新生北路二段28巷に囲まれた場所にあるのが、市民憩いの場「林森公園」です。

日治時代当時には「三橋町(みはしちょう)墓地」として日本人が葬られていましたが、戦後になり日本による台湾統治が終わったのち、国共内戦に敗れた国民党政府が本拠地を台湾へ移すと、中国本土から大量の中国人が台湾へと流入し、彼ら在台中国人によって大量のバラック小屋が建てられるようになりました。
李登輝政権後半期の1997年、台北市政府は旧三橋町墓地一帯を公園として整備し、現在に至ります。



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今回宿泊したホテルから近い場所にあったので、徒歩で訪れてみました。
第7代台湾総督・明石元二郎もかつてはここに埋葬されていましたが、現在は新北市三芝区(日治時代の台北州淡水郡三芝庄)にあるキリスト教墓地に改葬されています。

明石総督と彼の秘書・鎌田正威の墓所跡に建てられた鳥居が現在も残っているということで、早速向かってみることにしました。


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▲林森公園 民衆活動広場


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新生北路側の入り口から少し歩くと、二基の鳥居が見えてきました。

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▲結婚記念写真の撮影風景も一緒に(右側)
公園内では、結婚記念写真の撮影シーンを見ることができました。
台湾でよく見ることのできる風景の一つです。

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鳥居のある場所に到着しました。
二基ある鳥居のうち、右側の大きな方は明石総督、左側の小さな方は鎌田正威の墓所跡にあったものです。
いずれも神明鳥居(靖国鳥居)であり、林森公園完成後は二二八和平記念公園(旧台北新公園)に移されましたが、近年に再び林森公園へと戻されました。

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▲林森公園 鎌田正威墓所跡の鳥居
笠木部分が破損している

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▲林森公園 明石元二郎総督墓所跡の鳥居 西日を背に受けて


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▲林森公園 明石元二郎総督墓所跡の鳥居 刻銘
「昭和十年十月 有志建立」


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▲林森公園 日本明石総督墓旧址碑

明石総督は福岡藩生まれとのことで、あまり知られていませんが福岡ゆかりの人物なのです。
この事を通じて、福岡と台湾との間でより密接な交流ができればいいと思いますが。

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▲林森公園 明石総督墓所跡 説明板
鳥居の前には説明板が設置されており、中文と日本語による説明がなされています。
在台中国人によるバラック時代の公園を写した写真も載せられており、林森公園の歴史を知る上でもぜひ目を通してもらいたいです。


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バラック時代のものと思しき落書きも残されていました。

歴史の荒波にもまれ、今ようやく安住の地に腰を下ろすことができた二基の鳥居。
最後にもう一度眺めてみることにしました。

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▲林森公園 明石元二郎墓所跡の鳥居

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3月の台湾は暖かく、外を歩いて回るにはもってこいの時期です。
午後ということで、多くの市民が散歩をしたり談笑したりと、思い思いに過ごしていました。
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  コメント
1. 是非訪れてみたい♪
こんにちは。

もうつつじが咲いているようですね。
さすがは南国台湾ですね。

そういえば私の曽祖父にあたる人が、かつて台湾の総督も勤めていたと聞いたことあります。
この人、もともと佐賀に居て、内務省からベルリンへ日本大使として派遣されたり、第2次大戦のころは八幡市長もしていたらしいです。
ウチの先祖にとりましては、あまり好ましからぬ人物なのですが、興味あります。
Cisalpino #79D/WHSg [ 編集 ]    2013年03月09日(土) 17:58
2. Cisalpinoさん
当日は爽やか青空が心地よかったですよ!

台湾総督府について軽く調べてみたのですが、そのような方はいないようですね・・・
おそらく、台湾総督「府」で務められていた方ではないでしょうか!?
TSURAYUKI #79D/WHSg [ 編集 ]    2013年03月09日(土) 19:53
3. タイパク
台北は、日本語でタイホク、中国語でタイペイだと思っていましたが、タイパクと発音することもあるのでしょうか?
レラティー #79D/WHSg [ 編集 ]    2013年03月09日(土) 23:22
4. 隠れた英雄
こんばんは。
明石元二郎と言えば確か日露というよりは第一次世界大戦に、情報戦で活躍した人ですねえ。
晩年は台湾総督だというのも、驚きです。
国共内戦を越えてでさえ、鳥居を壊さないで残しているというのが、彼への台湾人のせめてもの敬意、なのかな?

昔、ちょっとだけ調べたことがあるので、ついつい懐かしんでしまいました。

うるふ #79D/WHSg [ 編集 ]    2013年03月09日(土) 23:57
5. レラティーさん
タイパクは現地で話されているホーロー語(台湾語)での発音です。
アルファベットではTai-pakとなるので「タイパク」と表記していますが、実際には「タイパッ」という発音になるようです。客家語では台北を「トイペッ(Thoi-pet)」と発音します。
「タイペイ」という呼び方は戦後、中国から来た蒋介石の民国政権が強制した読み方なので、個人的にはあまり好んで使いません。
TSURAYUKI #79D/WHSg [ 編集 ]    2013年03月10日(日) 09:48
6. うるふさん
敷地がバラック村になった際、物干しざおか何かに鳥居が使えるのではないかということで、在台中国人がそのままにしたのではないでしょうか?
それはともかく、日華断交になる前までは大量の鳥居・社殿類がそのまま残されたそうなので、在台中国人が鳥居などに無関心だったから残ったとも考えられます。
詳しいことに関しましては、もう少し調べてみたいと思います。
TSURAYUKI #79D/WHSg [ 編集 ]    2013年03月10日(日) 09:52
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