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ゆるキャラ&新型特急にも遭遇!橋上化された台鐵花蓮駅をぶらり散策

東台湾の要所・台鐵花蓮駅の今をたずねました。2014年夏に台東線が電化されて以来、花蓮駅を取り巻く環境は進化し続けています。それから2年後の2016年にはIC乗車券の利用範囲に含まれ、2018年の秋には橋上式の新駅舎が完成しました。生まれ変わった花蓮駅をぶらり散策しながら、「新しいもの」に触れてみたいと思います。目次1 花蓮のゆるキャラ「紅面鴨」が来客をお出迎え2 木をふんだんに使った美しいデザイン3 ホームで新型...

台鐵TEMU2000形 プユマ号308次 乗車記(鳳林→高雄)

台湾を一周する鉄道が全線電化されたことで、台鐵TEMU2000形「プユマ号」の運行範囲は広がりました。現在は南廻線の自強号にも入っており、日常的に高雄口まで顔を出しています。今回はそんなプユマ号に乗って、鳳林から高雄まで移動しました。台湾南部を半周する所要約4時間の長丁場です。どんな車窓風景に出会えるでしょうか?※2024年1月現在、308次にはEMU3000形が充当されています。目次1 花東縦谷を高速移動2 車内販売から...

【旅行記】ツイてない男の台湾旅2023 2日目―シェアサイクルyoubikeに初挑戦!

台湾旅2日目は花蓮から始まります。これから恩人を訪ねて鳳林に向かい、そのまま台湾を反時計回りに一周するコースをとる予定です。恩人は91歳と高齢でしかも連絡を取っていないため、すでに亡くなっている可能性があります。鳳林訪問は一か八かの賭けでした。目次1 袋小路の弔い2 似て非なる別物に変わった南廻線3 安倍元総理の銅像を訪ねて4 新型電車EMU3000形に乗る5 和と華が交差する文化路夜市で袋小路の弔い主要駅とは...

【旅行記】ツイてない男の台湾旅2023 1日目―低倍率の金運くじに敗れる

2023年5月、新型コロナウイルスが指定感染症5類に格下げされました。3年におよぶ「コロナ禍」が終焉したことで、入国時に実施されていた水際対策も終了。パスポートさえあれば気軽に海外渡航できる時代が戻ってきました。あれは夏頃だったはず。「そんじゃ早速台湾に行くか!」と予約サイトを開いてみました。福岡~桃園便の本数はコロナ前と同水準に戻っていますが、値段が高騰しているじゃないですか。これまで2万円台で行けたの...

台鐵DR3100形 自強号236次 乗車記(台北→花蓮)

2020年末、台鐵南廻線の知本~枋寮間が電化されました。「環島鉄路」が架線で結ばれたことで、非電化幹線のヌシとして君臨してきたDC自強号は、すっかり存在意義を失いました。古参のDR2800形・2900形は次々に廃車場へと送り込まれ、今ではDR3100形が細々と走っているにすぎません。2023年12月現在、DR3100形の自強号は樹林~花蓮間に2往復設定されています。今回はその中から、夕方に走行する236次に乗車しました。乗車区間は台北...

鳳林市街地に眠る日本家屋を大捜索(花蓮県鳳林鎮)

東台湾の花蓮県鳳林鎮には日本統治時代の名残りが色濃く残っています。その最もたる代表格は内地人移民村の「林田村」で、各集落に日本家屋が現存していることは有名です。さて今回は、鳳林鎮の行政機関が集中する鳳林市街地をめぐりながら、日本家屋を捜索していきます。市街地に眠る日本統治時代に建てられた建造物は、決して住居(日本家屋)だけではありません。倉庫や店舗建築も探せば沢山見つかります。今回の捜索で一体どれ程...

瑞穂祠跡=虎頭山歩道(花蓮県瑞穂郷)―東台湾の温泉地に眠る遺構

現在温泉地として知られる東台湾瑞穂(花蓮県瑞穂郷)には日本統治時代、タバコ栽培を目的とする移民村が置かれていました。その移民村の鎮守として鎮座していたのが、今回ご紹介する瑞穂祠です。瑞穂祠の跡地は戦後破壊されたのち、参道の一部は虎頭山歩道として整備され、社殿のあった場所は放置され続けてきました。ここでは現状がどうなっているか、入口から社殿跡にかけて順に調べていきます。▲旧瑞穂祠(虎頭山歩道)入口神社参...

林田神社跡(花蓮県鳳林鎮)【鳥居・石灯籠再建後】

日本統治時代、東台湾には多数の内地人移民村が置かれていました。中でも現在の鳳林鎮にあった「林田村」は、官設移民村として大正初期から開発され、おもにタバコ栽培が行われました。また、住民には福岡・熊本県出身者が多かったとも記録されています。そんな林田村の鎮守として建立されたのが、今回登場する林田神社です。大国魂命・大己貴命・少彦名命・北白川宮能久親王を祭神とし、毎年10月6日に大祭が執り行われました(花...

東台湾・林田移民村 中野集落の現在をたずねて(花蓮県鳳林鎮)―僅かに残る日本家屋

東台湾・花蓮県鳳林鎮にあった日本人移民村「林田村」のうち、今回は中央部に位置する中野(なかの)集落をめぐります。南側にあった南岡集落と同じように戦後、日本人がいなくなった場所に客家系を中心とする台湾人が移り住み、二村と呼ばれるようになって現在に至ります。中野集落は林田村の中心地だったようで、集落内には駐在所と尋常高等小学校(→国民学校≒小学校)が置かれていました。なお学校は現在でも学校として機能しており...

東台湾・林田移民村 南岡集落の現在をたずねて(花蓮県鳳林鎮)―多数残る日本家屋

東台湾・花蓮県鳳林鎮にあった日本人移民村「林田村」のうち、今回は一番南に位置する南岡集落をめぐります。同集落には戦後、日本人がいなくなった場所に客家系を中心とする台湾人が移り住み、一村と呼ばれるようになって現在に至ります。また、戦前から戦後にかけて煙草の栽培がおこなわれてきたため、集落内部には収穫した煙草の葉を乾燥させるための小屋「ベーハ小屋」が残っています。今回は旧南岡集落をめぐり、ベーハ小屋や...