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※何度思い出しても腹の立つ話です。若干フェイクを入れています。※

今から10年前のこと。俺は大学のサークルで偶然、地元出身の同級生Aに出会った。大学から家までの道のりが同じということで、一緒に帰ったり食事に行ったりするようになった。

そんなある日のこと、Aは「今度、大島(宗像市)に釣りに行くから一緒に行かない?」と持ちかけてきた。向こうから誘ってくることはほぼ無く、これには驚いた。Aにしては珍しい・・・と。

彼の趣味は釣りで、週末のたびに海釣りを嗜んでいた。大島には「うみんぐ大島」の釣り堀があるし、そこで釣りでもするのだろう。ちょうど私も大島に行きたいと思っていたので、週末行こうと約束した。

Aは早朝から釣りたいと、神湊を7時台に出る始発にあわせて来るように言った。朝が苦手な私だが、友人のためならと早起きして、自転車で神湊に向かった。この時は友人と二人で大島に行き、そこで釣りの様子を眺めながら、時間を潰すのだろうと考えていたが、まさかあんなことになろうとは・・・。

Aはぶっ飛んでいた

汗をかきながら神湊港に着くと、友人Aはすでにいた。しかもなんと、Aの叔父同伴ではないか。そんな話聞いてないよ!俺は二人で行くと、そう思っていたのだから。叔父同伴ときたら、こっちも気をつかわないといけない。徐々に嫌な予感がしてきた・・・。

A叔父に軽く会釈してから、大島行きのフェリーに乗り込む。せっかく一緒に行くのだからと、Aに話を振りながら、島到着までの時間を過ごした。終始気を使いっぱなしである。

そうこうしているうちに、フェリーは大島に到着した。予想通り、これから「うみんぐ大島」に行くと言いだした。この辺りから、徐々に友人の対応が悪くなってきた。A叔父と釣りの話ばかりしている。後ろでただついていくばかりだ。

歩くこと5分で、うみんぐ大島に到着。ここでついに、Aから信じられない言葉が投げかけられた。

「あ~wra君は釣りしないんでしょ?13時に港で集合ね。じゃあねバイバ~イ」

え、置き去り?

今何が起こっているのか分からないまま、呆気に取られているうちに、AとA叔父は釣り堀の奥へと消えていった。私はAと過ごすつもりだったから、これにはただ驚くしかなかった。

置き去りにされた俺は歩き出した

そして俺は一人、大島に取り残された。怒りの感情よりもむしろ、友人を放置しても良心の呵責すらない、Aに対する哀れみだけが頭を駆け巡っていた。

これまで何度も、Aの思いがけない行動に翻弄されてきた。今回が初めてではない。遊びに誘ったらドタキャンを連発するし、相手に嫌な思いをさせてもヘラヘラ笑ってごまかす。何度、不愉快な目にあったことだろうか。指摘したところで馬の耳に念仏、そんな男だ。

呆れかえった俺は、このまま大島を出ようかと一瞬考えた。しかし、そうはいってもフェリー代として1000円(往復)払って来たわけだから、すぐに帰るのは割に合わない。ということで急遽、大島一人旅を決行することにした。とりあえず、友人Aのことは忘れよう。


まずは海沿いに大島中心部を歩き、宮崎集落へ。ここで古民家を見て回り、ついで県道に沿って島の北側に出た。ここまですれ違う車はなく、せっかく道が広いのに勿体ないと思いながら、ひたすら歩き続けた。

意外にも大島は広く、歩いて島を一周しようと思ったら時間がかかる上に、起伏が激しいので体力をすぐに消耗してしまう。自転車ですらキツイというのに、歩きは無謀としか言いようがない。まあ、相応の準備をしてランニングってのなら別だが。

沖津宮遥拝所の近くで山道に入り、休館中の大島さざなみ館の横を通って、最初と同じ港に戻ってきた。時計を見ると、まだ10時前ではないか。まだ2時間しか経っていないとは!

置き去りにされる直前、Aは13時をめどに合流すると言っていた。試しにメールを打ったところ、その方針には変わりなく、結局13時まで待つことになった。もし今だったら、痺れを切らせて先に帰ったかもしれないが、当時の俺はあまりにも優しかったのだ。

後味の悪い帰り道

AとA叔父が戻ってくるまでの間、俺が何をしたかというと、港でただひたすらボーっとしたぐらいだ。フェリーが出発するというので、動画も回した。それでもまだ時間はある。ちょうどお昼時になったので、フェリー乗り場2階にある喫茶店に入り、食事しながら13時まで過ごした。

喫茶店で寛いでいると、Aからのメールが来た。「もう港に着いたから待っている」とのこと。

待たせとうとは、お前らの方だろうがああ!!

すぐ近くにいると返し、1階に降りてAと合流した。相変わらずヘラヘラしている。「何か良いものでも撮れた?」と、一応気にするそぶりを見せるけれども、実際には何も感じていない。Aというのはそういうヤツだ。


帰りの船中では拗ねたフリをして、Aから離れた場所に一人座った。俺が呆れ果てているなんて、微塵にも理解していないのだろう。Aは叔父と「今日の戦果」について話し続けている。釣りの話が終わると、今度は帰り道にラーメン屋があるからそこに行こう等々と、まだ話し込んでいる。

そうこうしているうちに、フェリーは神湊に到着した。Aは俺がいることなど、すっかり忘れているようだ。船を降りると、すでにAとA叔父の姿はなく、一人寂しく家路についたのだった。

本当に、なんてやつらだ・・・。こんな事になるぐらいなら、誘いに乗らなければ良かったんだ。そもそも、俺を誘う意味はあったのだろうか?

後日談

その後もAとの付き合いは続いたが、こっちから(メシなど)誘うことはあっても向こうから誘うことはなく、おまけに誘いの断りやドタキャンが多すぎて、その年の秋を最後に絶縁した。

絶縁と言っても「もう縁切るばい」と直接言うわけではなく、メシに誘うメールをもう送らない・・・ただそれだけのことだ。そのあとも、向こうからの連絡は一切なく、メルアドを変えることで完全な絶縁状態になった。

とはいえ、卒業までの数年間、キャンパス内でAとすれ違うことは数回あった。しかし、俺はわざと無視した。相手の出方を確かめるためだ。わざと目を合わせた状態で、無表情のまますれ違う。これに対して、Aは特に何も言うことなく、互いに無視状態でやりすごした。

Aは今頃何をしているのだろうか。今となっては知る術もない。(終)

あとがき

じつはこの体験談、過去に投稿したブログ記事がベースになっています。

遠い昔の2011年春に投稿した、「2011春・筑前大島(1) 宗像の離島・大島を歩く」「2011春・筑前大島(2) 島を縦断、長閑な山海を満喫」の裏話だったりします。当時はアメブロでしたし、10年近い前のことですから、知らない方が100パーセントだと思いますが・・・。

当時は極力本音を隠しながら執筆したせいで、ごく普通の紀行文になっていますが、実際には友人Aに対して、強い怒りと哀れみを抱きながら歩いていました。今もそうですが、友人づきあいって難しいですよね。そう上手くいかないのが現実です。




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