北海道開拓の歴史を垣間見ようと、札幌郊外の当別町にやってきました。同地は仙台藩の支藩にあたる、岩出山伊達家の邦直とその家臣によって開拓され、今でも開拓期の名残を見ることができます。

今回はその一つ、伊達邸別館をめぐっていきます。場所は当別神社のすぐ隣で、周囲には当別町の市街地が広がっていました。

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入口には「伊達邸別館」と刻まれた、巨大な看板が立っています。

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伊達邸別館へと続く通路には、同地の説明板が置かれています。個々がどういった場所なのか、しっかりと目を通しておきましょう。

当別町文化財第12号

伊達邸別館

伊達邸別館は、明治4年(1871)当別に初めて開拓の鍬を入れた、仙台岩出山藩主伊達邦直公が明治13年(1880)菊亭侯爵が来村するにあたり、建築したもので、明治15年(1883)小松宮殿下をはじめ、万里小路卿、米田侍従長、樺山警視総監、岩村巡査長、黒田長官、榎本逓信大臣など多くの名士来村の際の宿泊に利用されました。以来 伊達家の住宅として、使用されていましたが、昭和55年(1980)に伊達直宗氏により当別町に寄贈され、現在地に移転し内外部の復元工事と、宮城県岩出山町より寄贈された、杉及び孟宗竹を使用した環境整備が行われ、一般に公開された。 ―開基110年―


なんと、ここは初代台湾総督を務めた樺山資紀をはじめ、明治中期に活躍した皇族(小松宮彰仁親王)・政治家も訪れた場所なのです。ちなみに、この小松宮家はのちに、北白川宮能久親王の王子に継承され、小松侯爵家になりました。

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通路には他にも、当別開拓の父、伊達邦直の歌碑も建立されています。

あそ山のしげる木立をふみわけて 住み見し付きの今も替らず 桃園

伊達邦直は桃園と号し、北海道開拓期を代表する歌人である。碑歌は日記その他の筆跡から集字、拡大して刻んだ。

なお、この歌には「過ぎし明治五年壬申春より、此の当別村を開き移住せしを思ひ出て」と詞書が添えられている。

この碑石は、仙台稲井産で日野ハナ氏(当別町下川通)から寄贈されたものである。

当別町開基一一〇年


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趣ある通路を進んだ先には、建物が二つ並んでいました。まずは手前側から見ていきましょう。こちらが今回の主役ともいえる、旧伊達邸別館です。

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規模はそれほど大きくありません。立方体の箱を思わせる二階建ての木造住宅で、屋根には仏塔のような装飾品が施されています。いかにも明治期の北海道らしい、和洋折衷の形態と言えましょう。

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旧伊達邸別館の隣には、資料館「当別伊達記念館」も併設されています。内部には岩出山伊達家ゆかりの資料が展示されているようですが、あいにくの休館日でした。

撮影日:2019年7月16日




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