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1月1日:新年あけましておめでとうございます。
 

現在の福岡県宮若市西部にはかつて、吉川村という自治体がありました。昭和の大合併で若宮町に吸収されるも、その名は現在に至るまで残されています。

今回はその一つ、吉川総鎮守こと「日吉神社」をめぐります。

日吉神社(山王宮)由緒

鎮座地 福岡県鞍手郡若宮町大字下字高宮一一六九番地
御祭神 大国主命 大山咋命 應神天皇 五男三女大神 二柱大神 邇々藝命 事代主命
相殿 三島明神 氷川明神

社説に述ぶる所次の如し、

人皇第六十代 村上天皇の天暦三年(西暦 九四九年)四月、滋賀県大津市坂本の日吉大社の分霊を勧請し奉る社なり。

神霊は、日吉大社より御輿で浪速津(大阪)から船で宗像勝浦―笠松(比恵谷)―福丸坂本(本社鎮座地の名)を経て小伏(比恵崎)に鎮座さる。日吉はヒエとも読み、この神霊が通過した縁ある地名が今日まで残れり。当時の御神幸は乙野草場の大行事神社なり。

その後およそ四百年を経て、正平二十三年(一三六八)下村の地に宮所を移し、文明九年(一四七七)太宰少弐政尚の命に依り惣政所藤右京進康秀修復を行ふ。五十年を経て、大内義興の下知にて守護杉豊後守平興長奉行となり、願主として大村日向守重継・同苗又四郎興景が新に再建し奉る。

天正十三年(一五八五)に至りては、氏子内湯原村草場の城主松井越後守秀郷拝殿を建立し、同年願主秋月種長神殿の造営をなせり。下りて寛永十一年(一六三四)長崎某願主となり神殿の修復をなす。此地に鎮座ありて凡そ三百年を経る寛文十一(一六七一)神霊を当地東山の地に移し、前鎮座地を古宮と称す。国主より郡司を派遣し、社地の検分を行はしめ造営料として銀子十枚の寄進あり。

他の入財は氏子中より寄進し大宮柱を建て奉祠す。

元禄二年(一六八九)拝殿再建願主氏子中なり。同年幣殿を建立す、願主勝屋治郎左衛門なり。さらに文化三年(一八〇六)に至り社殿の総造営が行はれ、国主の命に依り郡奉行永田清十郎造営奉行として指揮し、山口觸十六ヶ村の外、植木・龍徳等の觸中より造営料の寄進あり、現今の神殿は此時の建築なり。

文化十二年三月大風により幣殿破損せるを再建す、願主湯原村安永安治なり。同十四年拝殿の再建あり願主氏子中なり。

神社の由緒の詳細は貝原好古の縁起書、及び竹田定直の山王古實に明らかなり。

また筑前国続風土記・太宰管内志等に登載せる處にして、国主黒田家の崇敬殊の外篤く、光之・綱政・斉清三代の当社参詣あり。

故あって当社の家紋は黒田家同様の藤巴なり。尚、当社は吉川郷の総社のみならず、分神霊を奉祠せる社郡内に数社あり。

鎮座より一千年有余の悠久の時を刻む間、社の盛衰はありたれども、主祭神大国主命の神明の威徳は不変にして、医の道を起し万病退除の神にして 人民はいふに及ばず 六畜にいたるまで悪病災難のがるべし、また子孫の繁栄を願はばなをこの神に祈るべし、子孫綿々と長く栄えなん、この御神徳誠に顕著なり。

日吉神社氏子総代会

この由緒書きを見て、「触」という行政単位が登場することに驚きました。

この「触」はかつて壱岐島で使われていた行政単位で、今も地名として残っています。これが黒田藩内でも一時期使われたということでしょうか。何をもとにして「触」が書かれたのか、ちょっと気になりました。

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神社は犬鳴川南岸の下地区に鎮座しています。付近にある他の神社とは明らかに、風格が異なっているのを感じました。さすがは吉川総鎮守!黒田の殿様も参詣したことのある、由緒ある神社なのです。

社号標はテカテカと黒光りしています。

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入って左側には社務所があります。有人の神社なんですね。

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社務所の横には、手水舎と藤棚があります。ちょうど藤の季節ということで、棚には紫色の花がいくつも垂れ下がっていました。

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藤棚の下に立つと、よい香りが漂ってきます。まさに初夏の訪れを感じさせる香りです。そんな藤の蜜を求め、蜂がせわしなく飛び交っていました。

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手水舎を過ぎると、いよいよ社殿を目指して石段を上がっていきます。周囲の樹木はどうやら、明治百年を記念して植樹されたもののようです。明治百年ということは、1968(昭和43)年頃でしょうか。

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参道脇にはハート形の石盤がありました。

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石段を登りきると、頂には立派な社殿が鎮座していました。管理が行き届き、汚れや痛みがほとんど見当たりません。

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社殿横には「護国之碑」があります。その手前には「護国神社 吉川村」と刻まれた石柱(≒社号標)があることから、この石碑はどうやら「吉川村護国神社」と見做されているようです。

撮影日:2020年5月




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