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今回は熊本県宇城市にある、小川阿蘇神社をめぐります。

旧小川町の中心部、すなわち薩摩街道の小川宿に鎮座する神社です。その歴史は11世紀に遡り、その長い歴史の中で、焼き討ちや領地没収などを経て今日まで続いています。祭神は阿蘇十二神。

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▲小川阿蘇神社入口・一の鳥居

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一の鳥居横には、明治29年(丙申)生まれの同年会による石碑が建立されています。このように、同級生が集まりコミュニティを作っていたことが、石碑から分かります。

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一の鳥居奥には、樹齢1300年とされるクスの老木があります。神社が成立した直後の故事により、「舟繋ぎの樟」と呼ばれています。

小川阿蘇神社の樟 宇城市文化財

小川阿蘇神社は、社誌によりますと長久元年(西暦一、〇四〇年)の創建とありますから、今から千年近くも前の古い神社です。時の肥後領主阿蘇大宮司が、その家臣二人を使いに出し、そのころ上刈萱といった現地に、地元民の勧請(もとめ)によって阿蘇二の宮の分霊(神の魂の一部をいただく)を祀り、田地八町三反三畝(約八・二六ヘクタール)の社領(神社の土地)を与え、神社に縁のある家族二十四戸の人々に社領の耕作をさせました。

社殿が竣工(完成)し、阿蘇神社の分霊を奉じてきた船(当時は海岸であった)をこの霊樟(はかり知れない不思議な力のある樟)に繋ぐとたちまち秋雨が降り、神殿とその周囲を清めたと伝えられています。このことから舟繋ぎの樟といわれています。

また、慶弔元年(西暦一、五九六年)加藤清正が築城の際、家臣の目に止まり霊樟が築城材料となることになり、慶長三年(一、五九八年)二月四日の伐採のため、この家臣は職人等九人を伴ってきて直ちに儀式の形式にしたがった清めの斧を入れました。五日卯刻(午前五~七時)彼等が樹根を一周(ひとまわりして)、伐採しようとした時、雌雄の龍が煙を吐いて霊樟を取り巻いたので、彼等は近づくことができないばかりか、肝をつぶしたり腰を抜かしたりして転げ落ちたといわれ、このため幸い伐採の厄を免れたということです。

樹囲 約十三メートル
樹高 約三二メートル 県の名木
樹齢 約一、三〇〇年
文化財指定(昭和五十年九月十六日指定)

平成十七年七月吉日
宇城市教育委員会

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二の鳥居を抜けると、その先には社殿・社務所等があります。

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ここからは神社最深部、すなわち社殿エリアを見ていきます。歴史ある神社ということもあって、設備が立派でかつ充実しているのが特徴です。

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二の鳥居横には、石の馬像が鎮座しています。かわいい。

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お馬さんの向かい側には手水舎があります。

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最近建て替えられたのでしょうか、真新しい社務所がありました。

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▲社殿

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▲本殿
拝殿は木造ですが、奥の本殿はどうやらコンクリ造のようです。

撮影日:2020年5月




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