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北海道小樽市の市街地西部にある「旭展望台」に登りました。こちらには小樽市街地を一望できる展望所があるだけでなく、かつてロシア人に侵略された樺太(南樺太)をしのぶ「樺太記念碑」が置かれています。

今回は樺太記念碑を中心に、展望台周辺がどうなっているのか調べてみました。

天台宗浅草寺

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旭展望台の麓は住宅街になっています。日銀通りから坂を上り続けると、突き当りには天台宗浅草寺が鎮座していました(写真上)。

カトリック小樽教会富岡聖堂

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市中心部と小樽商科大学を結んでいる地獄坂に入ると、右手に古めかしい教会堂が見えてきました。気になったので近づいてみると、その正体は1928(昭和3)年に建立された、カトリック小樽教会富岡聖堂でした。

旭展望台に向かうには、途中で小樽商業高校の入口から分岐する登山道へと入っていきます。登山道といっても二車線の快走路で、離合不能な場所があるわけではなく、車で入っても何の問題もありません。

もし徒歩で向かう際は、カラスに気をつけましょう。時期によっては、カラスが狂暴化して襲い掛かることがあります。実際にこの時、展望台に向かおうとしてカラスに襲われました。個人的には、無理して徒歩で入らない方が良いと思います。

安達與五郎胸像・小林多喜二文学碑

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展望台入口には広い駐車場があります。その敷地内にはいくつか石碑や胸像が置かれていました。上の写真は民選二代目市長として、長く小樽市政に携わった安達與五郎の胸像を写したものです。

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駐車場の奥には、小説『蟹工船』で有名な小林多喜二を顕彰する、「小林多喜二文学碑」が鎮座しています。写真上はその説明文を写したものです。

樺太記念碑

今回のメイン「樺太記念碑」は、安達與五郎像のすぐ横に鎮座しています。あまり目立つ存在ではありませんが、頂上の国境石レプリカですぐに分かりました。

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樺太記念碑は全体的に細長く、頂には北緯50度線に置かれていた国境石のレプリカが、その下には「樺太を偲ぶ」というタイトルのもと、碑文が刻まれています。

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樺太を偲ぶ

 かつて日本最北端開発の雄図を抱いて樺太に渡り、風雲難苦に耐えながら北辺の理想郷を造り上げた我らの父祖、更には彼の地に生を享け、かけがえのない郷土とする数多くの同胞、且つ又業を興し産業の発展に寄与した幾多の企業にとって、樺太は永遠に忘れることができない

 引揚げ以来すでに二十有余年を経てなお望郷の思い止み難く、今は全国に別れ住む樺太関係者が力を合せて、此のゆかりの深い小樽の丘に、樺太を偲ぶ記念の碑を建立して、後世に遺そうとするものである。

昭和四十八年九月十二日


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この「樺太を永遠に忘れることができない」という一文を見て、されるがままに家族友人を殺され、家土地を奪われ、やがては世間からも見捨てられ、泣く泣く返還運動を断念していった、樺太住民の無念が伝わってきました。この時期(1973年)はまさに、樺太返還運動が尻すぼみになっていた時期にあたります。

昭和20年、樺太で起きた悲劇はいまだに解決されていません。今や日本人の圧倒的多数が無頓着になっていますが、決して有耶無耶にしてはいけないのです。悲劇を無かったかのように扱うさまを見て、ロシア人はほくそ笑んでいるでしょう。

もし今日、似たような記念碑を建立するとしたら、どういった内容が書かれるでしょうか?おそらく「日露友好」だのと、「サハリンとの架け橋」だのと、平和ボケした内容が書かれるに違いありません。

問題から問題意識を外したら、もはや何も残りません。今、日本人の樺太に対する認識は、まさにこの状態だと言っても過言ではないでしょう。樺太に問題意識を見出すと、「右翼だ」「サンフランシスコ体制に対する挑戦だ」などと、たちまち異端視される風潮があります。悲しいことです。

旭展望台&新日本海フェリー「らべんだあ」

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複雑な思いを抱きつつ、最後に旭展望台へとやってきました。展望台には東屋があって、休息しながら小樽の絶景を眺めることができます。

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これは素晴らしい!眼下に小樽のレトロタウンや住宅地が連なり、その奥には石狩湾が広がっています。ここまで来た甲斐があったというものです。

この日、ちょうど晴れと曇りが混ざった天気でした。石狩新港の方に目をやると、雨雲が灰色の雨粒を大量に振らせているのが見えました。それだけ視界が良好だということです。観光客だらけの市中心部とは対照的に、ここなら誰もいない中で、絶景を独り占めすることができます。

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新日本海フェリーの桟橋には、ちょうど舞鶴行きの「らべんだあ」が止まっていました。2017年に就航したばかりの比較的新しい船です。もし、樺太がロシア人に奪われていなければ、この船は小樽から真岡にも足を伸ばしていたのでしょうか。

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▲小樽港に停泊中の新日本海フェリー「らべんだあ」

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展望台から小樽築港駅の方に目をやると、船浜町・桜町の住宅地が見えました。一帯は平地が少なく、台地上に住宅街が形成されています。この風景と似たような場所が、樺太にもあることを思い出しました。西海岸の真岡です。

これまで、「サハリン」「ホルムスク」の文字に吐き気と怒りを催しながら、何度も真岡の写真に目を通したことがあります。真岡に平和が続いていれば、船浜町・桜町のような場所になっていたのでしょうか。

撮影日:2019年7月17日

あとがき

熊本電気鉄道200形のラストランを見ました。南海キャップを被ってきたのは僕です。

レイルファンが少ない時間帯に撮っておこうと、8時半までに熊本入りしたのが大正解でした。10時までは撮影者も少なく、日常的な雰囲気を感じながら4K動画をまわしました。10時を過ぎると急激に撮影者が増えだし、無人だった池田駅はあっという間にお立ち台と化しました。




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