台鐵台東線DR2900形 自強号215次 乗車記(台東~池上)
台湾を一周する鉄道路線のうち、南東部(花蓮~台東~屏東)に非電化区間が残っていました。2020年12月に知本~枋寮間が電化したことで、台鐵西部幹線・東部幹線すべてが電化されています。
ながらくの間、非電化区間ではディーゼルカーの自強号が幅を利かせていました。今回お届けするのは、まだ台東線が非電化だったころの2014年1月に乗車した、DR2900形使用の自強号215次の乗車記録です。台東から池上まで乗車しました。

▲台東駅に停車中のDR2900形
まだ朝早い7時半、台東駅の広々としたホームに上がると、215次はアイドリングしながら出発を待っていました。この日の台東はあいにくの曇りでしたが、空から漏れてきた光が射しこんで、ステンレスの車体を輝かせています。

席に落ち着くと、ほどなくしてDR2700形の普快車が到着しました。これから進む台東線には、優等列車の本数こそ多いものの、各駅停車(普快・区間車)があまり設定されていません。
数少ない各駅停車を台東駅で目にしたところで、215次はゆっくりと動き出しました。

▲台東駅に到着したDR2700形普快車

出発すると、ほどなくして右手に車両基地(台東機関支区)が姿を見せます。まだ非電化路線の雰囲気を濃厚にとどめていますが、その傍らでは電化工事が進みつつあり、場所によっては架線柱・架線ともに設置済みの箇所もありました。

▲台東駅構内に停車中のディーゼル機関車
台東駅構内を抜けると、ほどなくして真新しいトンネルに入ります。これまでは台東地方の大河・卑南渓沿いを走っていましたが、2013年夏、電化に先立ちルート変更されたことで、渓谷美が織りなす雄大な車窓風景は、その多くが過去帳入りしました。

もちろん、卑南渓自体がもう見えないわけではなく、現行区間からも十分に見渡せます。天気のいい日に卑南渓を見ると、対岸部に原住民集落がクッキリと見渡せるので探してみてください。

鹿野を過ぎると、左手に平原が見えてきます。この辺りは日本統治時代から大原と呼ばれており、これと同じ意味の大埔と呼ばれることもあります。ほどなくして瑞源駅を通過。

▲瑞源(大原)駅付近を通過
瑞和駅を通過すると高架区間に入りました。電化工事に際してルート変更が行われ、これに伴い月美駅が廃止になっています。かつては月野駅と呼ばれていた、各駅停車しか止まらない小駅でした。

▲旧月美駅(月野駅)があった集落を横切る

まだレールが残る旧線が寄り添ってくると、もうすぐ関山駅に到着です。
台東ではほとんど姿を見せなかった青空が、ここに来て徐々に増えてきました。池上到着までには晴れてくれますように!

▲関山駅に到着
鹿野に続き停車駅・関山にも電化の足跡が近づいていました。駅ホームはきれいにリニューアルされ、ホーム上屋には電車を迎え入れるべく、新たな停車位置表示が設置されています。

▲関山駅の停車位置表示(4両電車)
停車中、窓越しに停車位置表示を眺めてみました。「4輛」と表示されているあたりからして、EMU500を走らせるのでしょうか?
関山駅を出発後、左手に旧駅舎が見えました。台東線には日本統治時代からの駅舎がほぼ残っておらず、関山駅旧駅舎はその数少ない生き残りです。正面から見るのとはまた一味違う趣を感じました。

▲関山駅の旧駅舎

▲綺麗な一条龍家屋の脇も通過
関山市街地を過ぎると、列車は日本統治時代の関山郡蕃地、すなわち現在の海端郷に入ります。この辺りにはブヌン族が多く居住しているそうです。対向列車と交換するため、本来ならば通過するはずの海端駅に停車。

▲海端郷山平集落

▲列車交換のため海端駅に停車
かつては新武呂駅と呼ばれていた海端駅に停車後、ほどなくして対向列車が通過していきました。
ここ海端駅は奇妙な線路配置になっています。大まかな形状は相対式ホームながら、ホームは片方の線路にしか設置されていないのです。そのため、通過列車同士もしくは各駅停車・通過列車の組み合わせなら交換できますが、各駅停車同士の交換はできません。
もっとも、海端駅に発着する列車は各駅停車しかなく、しかもその本数は1日数本とJR日豊本線の宗太郎クラスですから、この配置でも何ら問題ないのでしょう。

新武呂渓を渡れば、目的地の池上駅はもう間近です。天気はいつの間にか、青空交じりの晴れに変わっていました。雲がすっかり薄くなったころ、列車は目的地の池上駅に到着。

▲池上駅で列車を降りる

▲田園地帯を見渡せる場所にある池上駅

▲池上駅を離れるDR2900形自強号215次
池上のホームに降り立つと、すぐ裏手に水田が広がっていました。いかにも農作地帯らしい場所です。最後はホームから215次を見送り、これにて台東からの移動に一区切りつけました。
撮影日:2014年1月13日
ながらくの間、非電化区間ではディーゼルカーの自強号が幅を利かせていました。今回お届けするのは、まだ台東線が非電化だったころの2014年1月に乗車した、DR2900形使用の自強号215次の乗車記録です。台東から池上まで乗車しました。

▲台東駅に停車中のDR2900形
まだ朝早い7時半、台東駅の広々としたホームに上がると、215次はアイドリングしながら出発を待っていました。この日の台東はあいにくの曇りでしたが、空から漏れてきた光が射しこんで、ステンレスの車体を輝かせています。

席に落ち着くと、ほどなくしてDR2700形の普快車が到着しました。これから進む台東線には、優等列車の本数こそ多いものの、各駅停車(普快・区間車)があまり設定されていません。
数少ない各駅停車を台東駅で目にしたところで、215次はゆっくりと動き出しました。

▲台東駅に到着したDR2700形普快車

出発すると、ほどなくして右手に車両基地(台東機関支区)が姿を見せます。まだ非電化路線の雰囲気を濃厚にとどめていますが、その傍らでは電化工事が進みつつあり、場所によっては架線柱・架線ともに設置済みの箇所もありました。

▲台東駅構内に停車中のディーゼル機関車
台東駅構内を抜けると、ほどなくして真新しいトンネルに入ります。これまでは台東地方の大河・卑南渓沿いを走っていましたが、2013年夏、電化に先立ちルート変更されたことで、渓谷美が織りなす雄大な車窓風景は、その多くが過去帳入りしました。

もちろん、卑南渓自体がもう見えないわけではなく、現行区間からも十分に見渡せます。天気のいい日に卑南渓を見ると、対岸部に原住民集落がクッキリと見渡せるので探してみてください。

鹿野を過ぎると、左手に平原が見えてきます。この辺りは日本統治時代から大原と呼ばれており、これと同じ意味の大埔と呼ばれることもあります。ほどなくして瑞源駅を通過。

▲瑞源(大原)駅付近を通過
瑞和駅を通過すると高架区間に入りました。電化工事に際してルート変更が行われ、これに伴い月美駅が廃止になっています。かつては月野駅と呼ばれていた、各駅停車しか止まらない小駅でした。

▲旧月美駅(月野駅)があった集落を横切る

まだレールが残る旧線が寄り添ってくると、もうすぐ関山駅に到着です。
台東ではほとんど姿を見せなかった青空が、ここに来て徐々に増えてきました。池上到着までには晴れてくれますように!

▲関山駅に到着
鹿野に続き停車駅・関山にも電化の足跡が近づいていました。駅ホームはきれいにリニューアルされ、ホーム上屋には電車を迎え入れるべく、新たな停車位置表示が設置されています。

▲関山駅の停車位置表示(4両電車)
停車中、窓越しに停車位置表示を眺めてみました。「4輛」と表示されているあたりからして、EMU500を走らせるのでしょうか?
関山駅を出発後、左手に旧駅舎が見えました。台東線には日本統治時代からの駅舎がほぼ残っておらず、関山駅旧駅舎はその数少ない生き残りです。正面から見るのとはまた一味違う趣を感じました。

▲関山駅の旧駅舎

▲綺麗な一条龍家屋の脇も通過
関山市街地を過ぎると、列車は日本統治時代の関山郡蕃地、すなわち現在の海端郷に入ります。この辺りにはブヌン族が多く居住しているそうです。対向列車と交換するため、本来ならば通過するはずの海端駅に停車。

▲海端郷山平集落

▲列車交換のため海端駅に停車
かつては新武呂駅と呼ばれていた海端駅に停車後、ほどなくして対向列車が通過していきました。
ここ海端駅は奇妙な線路配置になっています。大まかな形状は相対式ホームながら、ホームは片方の線路にしか設置されていないのです。そのため、通過列車同士もしくは各駅停車・通過列車の組み合わせなら交換できますが、各駅停車同士の交換はできません。
もっとも、海端駅に発着する列車は各駅停車しかなく、しかもその本数は1日数本とJR日豊本線の宗太郎クラスですから、この配置でも何ら問題ないのでしょう。

新武呂渓を渡れば、目的地の池上駅はもう間近です。天気はいつの間にか、青空交じりの晴れに変わっていました。雲がすっかり薄くなったころ、列車は目的地の池上駅に到着。

▲池上駅で列車を降りる

▲田園地帯を見渡せる場所にある池上駅

▲池上駅を離れるDR2900形自強号215次
池上のホームに降り立つと、すぐ裏手に水田が広がっていました。いかにも農作地帯らしい場所です。最後はホームから215次を見送り、これにて台東からの移動に一区切りつけました。
撮影日:2014年1月13日
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