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花蓮県瑞穂郷のベーハ小屋(タバコ乾燥小屋)を捜索

花蓮県瑞穂(みずほ)郷は台湾東部、花東縦谷の中央部にある小さな町であり、富源(マシロ)渓が秀姑巒渓と合流する地点を中心に広がっています。日本統治時代には花蓮港庁鳳林郡瑞穂庄が置かれており、自由移民村の「瑞穂村」が設置されていました。

今回は「瑞穂村」についての概説と、当時の繁栄を今に伝えるベーハ小屋(煙草乾燥小屋)の姿をお送りします。


瑞穂村が設置されたのは日本統治時代の中でも比較的後期にあたる昭和7(1932)年頃であり、専売局の煙草増産計画に基づいて同村で試験栽培がおこなわれた結果、栽培に適した土地として認められ、翌8年から10年にかけて計41戸が移住しました。移民村は当時の大字瑞穂地区一帯に置かれました。

元々、瑞穂の土地は秀姑巒渓とマシロ渓の氾濫によって土壌が流された栄養に乏しい砂礫地であり、移民が入るまでは荒地でした。そのため、ここ瑞穂村では、専ら煙草の栽培がおこなわれたほかは、少々の落花生とサツマイモが栽培されるのみでした。昭和17年当時のベーハ小屋数は70棟と多く、同15年における栽培面積は107甲(約104ヘクタール)、賠償金は約198000円(当時)だったとのこと。

また、村内には3つの集落(宮の里・玉苑・瑞原)が設置されたのですが、今回は日本人にすっかり忘れ去られた3地名に日の目を見せるかたちで、じっくり見ていきます。



瑞穂移民村の3集落について


(1)宮の里集落
同集落は江布南(エフナン)山の麓にあり、現在の紅葉小東側に広がっていました。

戸数は21戸と、瑞穂村の中では一番規模の大きな集落でした。名前の由来は集落の北側に神社(瑞穂祠)があったことでしょう。似た理由でつけられた地名としては、宮前(例:吉野、玉里、嘉義)や宮下(例:花蓮)等を挙げることができます。

小さいながらも碁盤の目状に区画されており、現在でもベーハ小屋が数件残存しています。

(2)玉苑(たまえん?)集落
こちらは瑞穂市街地から北に進んだ場所にあり、戸数は11戸でした。

現在は瑞北と呼ばれており、近くを通る台東線の駅名(廃止)にもなりましたから、瑞北という地名自体はご存知の方も多いのではないでしょうか。地名の由来は原住民語由来の地名「打馬煙」です。

瑞北に関するウェブサイトや資料を拝見する限りでは、「打馬煙」に関する記述はあっても「玉苑」に関する記述は殆ど見られなかったので、消された地名を後世に伝えるため、少しでも力になればと考えています。

(3)瑞原(みずはら)集落
こちらは9戸と規模の小さな集落で、どこにあったかは残念ながらわかりません。それと思しき場所は足を運んで調べてみましたが、どうも違うなと思う所ばかりでした。

瑞穂村では煙草の栽培が行われていたので、すべて取り壊されていない限り、瑞原集落だった場所にはベーハ小屋が建っているはずです。今のところ八徳路一帯か、瑞穂市街地と旧玉苑地区の間に瑞原集落があったと考えています。

越屋根二つ


ここからは、筆者が瑞穂郷内で見てきたベーハ小屋の写真をご覧ください。

花蓮瑞穂的菸樓,有二處的越屋頂(日語叫
▲瑞穗市區的菸樓,有二處越屋頂(日語叫"越屋根")

写真上は瑞穂市街地の近くで見つけたベーハ小屋です。越屋根が2箇所ついています。

吠えたてる犬に難儀


花蓮瑞穂的菸樓
▲瑞穗市區的菸樓

こちらも瑞穂市街地の近くにありました。下調べをしている中でかなり気になっていたので、見ることができてよかったです。余所者を警戒してか、鎖につながれた犬(写真上)が激しく吠えてきました。

ベーハ小屋には、日本統治時代に建設されたものと戦後建設されたものがあります。こちらは後者のような気がしますけれども、いったいどちらでしょうか?

瑞北(玉苑)集落遠景


瑞北社區(日治時期的玉苑部落,是原日人移民村)菸樓
▲瑞北社區(日治時期的玉苑部落,是原日人移民村)菸樓

列車内から撮影した旧玉苑(瑞北)集落のベーハ小屋群です。現在では線路の東側に3棟ほど残存していますが、元々は省道9号沿いにも立ち並んでいたようです。

花蓮瑞穗村菸樓,惜屋頂的半壊
▲瑞穗鄉內菸樓(從台東線列車窗景),惜屋頂的半壊

こちらも列車内から撮影したものです。写真には1棟しか写っていませんが、すぐ横にもベーハ小屋がもう1棟あります。越屋根が潰れており、瓦葺で美しいだけに残念です。

撮影日:2014年7月7日

(参考文献)
台湾経済年報刊行会編『台湾経済年報. 昭和十七年版』国際日本協会、1943年

(参考サイト)
黄家栄『花蓮阿榮的花蓮人文、美食情報情報站』「2011/2/16瑞穗瑞北村舊菸樓」(リンク切れ)
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COMMENT

wra(福岡)

test

コメント欄動作確認のtestです
2014年8月23日

2014年08月23日(土)23:14

シンザ

No title

こんばんは。

日本人に忘れられた3つの村。
なぜか切ないですね。

観光に行ってもこういう所には
行きませんからね。

ベーハー小屋の名前すら知りませんでした。

勉強になりました。

2014年11月14日(金)18:06

wra

シンザさん

嘆かわしいことに、日本人というのは以前から地名をないがしろにしがちです。特に朝鮮を除く旧外地・他国に侵略されてそのまま領有権の放棄を強いられてしまった地方の地名には、上記の傾向が自虐的と言ってもいいほど顕著に表れています(代表的なのが、「タイペイ」と「サハリン」)。
「玉苑」をはじめ、失われた地名の記録が多くの方に見えもらえるよう、これからも積極的に配信していきたいと思います。ちなみにベーハ小屋は、栃木県益子や香川県南部などに沢山あるようです。

2014年11月14日(金)23:47