【旅行記】大政奉還150周年企画!15年ぶりの鹿児島歴史紀行(2)

福岡から在来線と新幹線を乗り継いで、鹿児島中央駅に到着した頃にはすでに正午をまわろうとしていました。ここからお昼を食べて鹿児島市内で史跡めぐりをしようと、ひとまず鹿児島中央駅から外に出てみます。

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17年ぶりの鹿児島中央駅はもはや西鹿児島駅時代の面影を残していませんでした。当時は駅前から大きな階段を上って、真っ赤な駅舎に入ったものですが、それも今では立派な駅ビルに姿を変えています。どうも少し前に大規模なリニューアルを行ったようです。

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駅前には英国に留学した薩摩藩士の群像があります。その中には『あさが来た』でお馴染みの五代さまもいるようですが、私には分かりませんでした。駅に着いて早々、明治維新の故郷・薩摩を感じる風景に出会いました。

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▲鹿児島中央駅前にたむろするバス
さて、お昼は鹿児島中央駅の中でと思っていましたが、あいにくどの店にも長蛇の列が出来上がっています。出入りの多い巨大駅ですし、おまけに休日の昼間ですから、駅で昼食に難儀しても何ら不思議なことではありません。

駅での昼食はあきらめ、ひとまず路面電車に乗って天文館を目指すことにしました。

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▲路面電車から大久保利通像を眺めて
鹿児島の路面電車には2度目の乗車となります。前回乗車したのはたしか、JRと同じく17年前の2000年だったと記憶しています。あれから時を経て、鹿児島では今や低床タイプの電車が沢山活躍しています。今回も比較的新しい低床車に何度も出合いましたし、実際に乗車する機会にも恵まれました。

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鹿児島でもやはりマスコット捜索は欠かさず行っていきます。今回、鹿児島興業信用組合のマスコットを発見することができました。「ハッピーママ」とその子供たちからなる、カルガモ親子のキャラクターです。

「ハッピーママ」に関しては着ぐるみ化されているので、鹿児島市内で大きなイベントがあったら、グリーティング現場にバッタリ出くわせるかもしれませんね。日本全国広し、まだまだ知らないマスコットは沢山あります。

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天文館周辺のうどん屋で腹ごしらえをすませ、続いて「西郷隆盛終焉の地」と「西郷洞窟」を見に城山方面にやってきました。途中で鹿児島本線の城山トンネルを横目に進んでいくのですが、ここでトンネルの扁額「敬天愛人」もちゃんと目にしておきます。

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▲城山トンネルの扁額「敬天愛人」


▲右:鹿児島市役所本庁舎(昭和12年竣工)
城山での取材を終え、再び中心部に戻ってきました。そういえば2020年の国体は鹿児島であるそうですが、マスコットは「みきゃん」の例と同じように、どうやら県の統一マスコット「ぐりぶー」が兼任するようですね。確かにその方が効率的ですし、県は良い選択をしたと思います。

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鹿児島市役所を抜け、海に面した鹿児島港界隈にやってきました。奄美海運が発着するエリアの近辺には、九州屈指の僻地として知られる三島村・十島村の役場があります。三島村役場は小さいあまり素通りしてしまいそうですが、村おこしの材料にしているアフリカ楽器「ジャンベ」の大きな看板ですぐに気が付きました。

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トカラ列島を管轄する十島村役場は規模こそ三島村役場よりも大きいですが、入口が小さいせいか素通りしそうになりました。十島村営フェリーは役場の近くから発着しており、17時間弱かけて鹿児島と名瀬の間を結んでいます。

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▲ドルフィンポートの顔出しパネル
鹿児島港をめぐったところで、再び天文館に戻ってそこから路面電車で鹿児島中央駅を目指します。

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訪問当日、鹿児島中央駅では県内自治体による物産展が開かれていました。こういうイベントにはマスコットがよく登場すると思い、会場に入ってみましたが・・・残念ながら遭遇はナシでした。我らがホークス川﨑選手の出身地・姶良市も出店していましたよ~

さて、駅に着いたところで鹿児島市内散策は終了。ここからもと来た道を戻り、鹿児島本線を北上していきます。復路では一体どんな風景が待っているでしょうか。

撮影日:2017年9月9日

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Comment

こーたろー

屋久島へ渡る前に西鹿児島駅改札口の近くで駅寝をしましたが
もう駅寝ができるような駅舎では無いですね。
駅寝という言葉自体死語になりつつあるのでしょうね。

2017年09月29日(金)18:17

wra

こーたろーさん

> 屋久島へ渡る前に西鹿児島駅改札口の近くで駅寝をしましたが
> もう駅寝ができるような駅舎では無いですね。
> 駅寝という言葉自体死語になりつつあるのでしょうね。

古い駅舎だと待合室が広くてベンチも長いものが多く、駅寝に適していましたよね。だいぶ昔に八代駅で駅寝したことがあります。

2017年10月03日(火)23:40