お知らせ

1月1日:新年あけましておめでとうございます。
 

2003年夏、JR九州のSL列車「SLあそBOY」号が運転開始から15周年を迎えました。民営化直後の1988年に運転を開始して以来、JR九州唯一のSL列車として、豊肥本線の名物列車として親しまれてきました。

同列車の牽引機には58654号機(8620形)が充当されていました。同機は湯前線で晩年をすごしたのち、矢岳駅の倉庫でD51-170とともに静態保存されていましたが、「SLあそBOY」牽引機に抜擢されたことで、修復を経て再び線路の上を動き始めました。

一方、牽引される客車の方はというと、おもに筑豊地区で使用されていた近郊客車の「レッドトレイン」こと50系客車が転用されました。転用に際してウエスタン調に改造され、50系700番台が誕生しました。


DSC00201.jpg
立野駅で待つこと数分、目的の「SLあそBOY」号は凄まじいブレーキ音(グガガガ・・・という轟音)とともに入線・停車しました。悪ガキだった当時の私は、ブレーキ音の爆音に腰を抜かしそうになりながらも、早速SL列車の撮影を始めました。

DSC00204.jpg
無事に15周年を迎えた「SLあそBOY号」でしたが、それから2年後の2005年に機関車の不調をうけ、惜しまれながらも運行終了となりました。それから数年間、九州にSL列車が姿を消していましたが、その間にも58654号機の修復は着々と進んでいました。

そして、「SLあそBOY号」の運行終了から4年後の2009年には、舞台をJR肥薩線に移して、58654号機は「SL人吉号」として復活を遂げました。

なお、50系客車も大改造のうえで、ひきつづき牽引客車として使用されています。今やJR九州唯一の旅客用客車であると同時に、数少ない50系を用いた列車でもあります。種車の面影は薄れても、「レッドトレイン」の末裔には変わりないのです。

撮影日:2003年8月29日


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コメント(6)



名前:こーたろー
タイトル:8620
あと5年で製造されて100年ですね。
記念すべき年まで元気に走り続けてもらいたいです。
2017年12月17日 16:29 | URL | #- [edit]
名前:焼きそば
タイトル:SL
九州は、乗る事が目的になる列車の運行が沢山ある印象ですが、SLがひとつだけ、ってのは意外と言えば意外ですね。


こうして今も、SLを走らせられるのは、鉄道技術が成熟した今だからこそ出来る事なのかもしれませんね。


スピードアップが重視されていた頃には、SLを走らせよう、なんて余裕は無かったはずですもんね。
2017年12月18日 00:33 | URL | #t50BOgd. [edit]
名前:レラティー
タイトル:
8620系なのに、58654号機という番号になるのは不可思議です・・・
豊肥本線の蒸機が、肥薩線に移ったことは、知らなかったです・・・

九州は、まだ観光列車を数多く出せる余力があるように感じます。
北海道は、SLは「冬の湿原号」だけになる等、大幅縮小しています・・・
それでも経営は厳しく、JR北海道社長は「JR九州などを参考にしながら一層の収益拡大に取り組む」と言っていますね。
http://www.htb.co.jp/news/archives_352.html


50系客車には乗るつもりでした。
初めて九州に行った2001年9月は、筑豊本線(一部)と篠栗線の電化直前で、乗ろうと思えば乗れたのですが、既に本数が少なく、結局キハ200等に乗りましたが、後悔しています。
2017年12月18日 20:07 | URL | #rcEo15nI [edit]
名前:wra
タイトル:こーたろー様
そういえば、確かにそうですよね。大正期の部品はほとんど残っていませんが、それでも当時の構造を色濃く残していることには変わりないと思います。ぜひとも日本の技術遺産として、九州の観光資源として、欲を言えばいつまでも走ってもらいたいものです。
2017年12月19日 13:01 | URL | #9MBBB9Tg [edit]
名前:wra
タイトル:焼きそば様
> 九州は、乗る事が目的になる列車の運行が沢山ある印象ですが、SLがひとつだけ、ってのは意外と言えば意外ですね。

補修・維持コストはかかりますが、今後観光資源として機関車が見いだされていったらよいのかなと思います。子供はとくにああいうの喜びますからね。

技術は使わないと廃れていくといいますし、機関車の保存運転は技術伝承のうえでも良いことだと思います。
2017年12月19日 13:04 | URL | #9MBBB9Tg [edit]
名前:wra
タイトル:レラティー様
> 8620系なのに、58654号機という番号になるのは不可思議です・・・

8620の付番法は少し特殊です。

トップナンバーから順に8620、8621、8622・・・となり、
8699の次は18620になります。そして18621、18622となり、それが繰り返されると58654番にいたるのです。あくまでも8620なので、下4桁のうち8600~8619番は使用されません。


> 九州は、まだ観光列車を数多く出せる余力があるように感じます。
> 北海道は、SLは「冬の湿原号」だけになる等、大幅縮小しています・・・
> それでも経営は厳しく、JR北海道社長は「JR九州などを参考にしながら一層の収益拡大に取り組む」と言っていますね。

むしろ最近のJR九州を見ると、北海道を真似ているのかといったように思えてなりません。今のところは投資家の顔色をうかがいながら、経営の立て直しを行っていくのでしょう。まあ、それで上手くいけば良いですが・・・


> 50系客車には乗るつもりでした。
> 初めて九州に行った2001年9月は、筑豊本線(一部)と篠栗線の電化直前で、乗ろうと思えば乗れたのですが、既に本数が少なく、結局キハ200等に乗りましたが、後悔しています。

晩年の50系はたしか、早朝に飯塚発門司港行きが一本と、夕方に門司港発飯塚行きが一本ずつあったと記憶しています。2000年と2001年に1度ずつ乗車しました。筑豊の50系に関しては下の記事をどうぞ。

http://wra5.blog.fc2.com/blog-entry-971.html
2017年12月19日 13:41 | URL | #9MBBB9Tg [edit]

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