お知らせ

4月11日:何度もテンプレートを変えてスイマセン・・・。野球がない腹いせに、南海ホークスをイメージしたレイアウトにしてみました。しばらくこれでやるつもり。
3月17日:ヘッダー画像を超絶シンプルにしてみました。
3月3日:ヘッダー画像を更新しました。~台湾新幹線の3並び~
1月1日:新年あけましておめでとうございます。
 

国道2号線の終点がどこにあるか、ご存知ですか?

大阪梅田から延々と続いてきた2号線は、北九州市門司区で終点を迎えます。ということはつまり、ほんの少しだけ九州を通っているということです。老松公園から関門トンネルまでの300~400m程度ですが、たしかに九州を通っています。

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まずは終点の老松公園交差点にやってきました。道端には大阪までの距離標が置かれ、いかに長い道のりを通っているか実感することができます。ロードバイクで走ったら、梅田新道まで何日かかることでしょうか。

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九州区間内にはちゃんと「おにぎり」もあります。やや古いものらしく、「2」の部分が消えかかっていました。短いながらもちゃんと存在感があるという点では、鹿児島の国道58号線に通じるものがあります。


徒歩ではそのまま関門トンネルに入れないので、1.6キロ先にあるという人道トンネルを目指します。歩きが嫌という方は、バスに乗って移動することも可能です。

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トロッコの走らない線路沿いを歩くこと20分。遠くにあった関門橋が間近に迫ってきました。

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和布刈神社のすぐ横にそれはありました。関門人道トンネルの入口です。これからトンネルを通って、海峡対岸にある山口県下関を目指します。次なる目的地は、赤間神宮の境内にあるという「大連神社(2代目)」です。

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人道トンネルは歩行者無料、二輪車20円で通行できます。運賃は下関側にある運賃箱に入れましょう。歩行者は無料で通れるため、トンネル内にはランナーの姿が目立ちます。

雨が降っても濡れないし、風の影響も受けないし、それに適度なアップダウンがある!たしかに理想的なランニングコースだと思います。

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トンネルを出て下関側に入ると、公園が広がっていました。馬関開港百年記念碑というのがあるので、ちょっと読んでみましょうか。

馬関開港百年記念

一八六三年六月二十五日(文久三・五・一〇)以来、長州藩は、この沿岸一帯に砲台を築き、海峡を通る外国艦船にしばしば砲撃を加えた。

これにより、翌年九月五日(元治元・八・五)、十七隻の艦船からなるイギリス・フランス・オランダ・アメリカの四国連合艦隊は前田・壇之浦をはじめ下関一帯を砲撃した。

戦いは八日にいたって終り、十四日「止戦講和」が成立、海峡通航の安全・馬関港出入の自由が約束された。

これは下関が海外に向って港を開くに至る第一歩であった。

流れ来たり、流れ去る早鞆の急潮とともに、一世紀の”時”が流れた。

今ここに当時を回想し、新たな思い出をもってこのゆかりの地に碑を建て永く記念する。

  昭和三十九年九月八日

馬関開港百年余記念行幸委員長
       下関市長 木下友敬


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公園の東屋には古砲のレプリカが一門置かれていました。

天保製長州砲

幕末、関門海峡での6次にわたる攘夷戦は、元治元年(1864)8月、長州藩兵と英・仏・蘭・米4カ国連合艦隊との交戦をもって終結したが、同時にこれは明治維新の具体的始動につながった。この歴史的事件で下関海岸砲台に装備された長州藩の青銅砲は、すべて戦利品として外国に運び去られ国内から姿を消していた。

1966年春、渡欧中の作家古川薫氏がパリ・アンヴァリッド軍事博物館に保管されている攘夷戦長州砲を発見、以来返還運動が進められたが実現困難のところ、郷土出身の外務大臣安部晋太郎氏の努力とフランス政府の好意によって1984年6月、貸与の形式で里帰りを見るに至った。この機会に下関東ロータリークラブでは、フランス政府の了解を得、創立20周年記念事業として、これを原寸大かつ精密に模造し下関市に寄贈した。

同長州砲は天保15年(1844)萩藩の鋳砲家郡司喜平治信安の手になるもので、幕末日本人の対外危機感を象徴する歴史的逸品である。

鎖国に眠っていた日本史がようやく世界史に組み入れられる瞬間を目撃したこの物言わぬ証人を、海峡のほとりへ永久に安置しようとするのは、歴史に富むこの地の発展と世界平和を祈念する趣旨にほかならない。


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おや、その隣にも大砲がいくつか置かれていますよ。

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幕末の下関砲台をイメージしてか、砲台のレプリカが置かれていました。その中には100円を入れると、音が鳴って煙が出るという仕掛け付きのものもあります。たまたま近くにいた親子連れが、コインを入れて音を鳴らしていました。

ここからは海沿いを歩いて、大連神社のある赤間神宮を目指します。大連というのはもちろん、あの大連ですよ。下関の地で外地史の一端を垣間見ようというのです。

それでは行きましょう。日が暮れないうちに!

撮影日:2020年5月
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