正助ふるさと村の奥に行ってみた(中ノ尾・土師上・松丸・石井原・石井)

これまで宗像市内のいろんな場所に行ってきましたが、逆方向にある旧吉武村(吉留・武丸地区)に行く機会はそう多くありません。距離もそうですが、なんたって山がちなものですから、ママチャリでの散策には体力を要します。

クロスバイクを手に入れた今、吉武地区への精神的距離は短くなりました。天気の良い日を利用して、「正助ふるさと村」方面に出向いてみることに。

宗像市吉武地区集落図
今回散策した地区の略図を上に掲載しています。

集落名は赤文字で、正助ふるさと村の大まかな位置は青文字で、吉武小学校は黒字で表記しています。緑線は主要地方道、太い黒線は2車線レベルの市道、細い黒線は狭い路地・農道です。

中ノ尾(吉留地内)

ここから武丸地区内を進んでいきますが、まずは吉留地内にある中ノ尾集落からスタートします。県道29号線沿いにある大きめの集落で、かつての吉武村中心地らしく、商店もいくつか見受けられます。

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このように、宗像市内には「~尾」という名前の集落がいくつかあります。いずれも丘陵が平地に溶け込む先端部にあたり、まさに「山の尻尾」といえる地形にあるのが特徴です。

松丸(吉留地内)・土師上(武丸地内)

続いては吉武小学校の横を過ぎ、正助ふるさと村の方に入っていきます。近くには松丸・土師上という集落があります。

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国土地理院地図には松丸しか表記されていませんが、どうやら近接して土師上という集落もあるとのこと。この場所は中央部の水田を挟むように、吉留・武丸の境界線が通っています。この水田を挟むように、二つの集落が相対しています。

「武丸の正助さん」が武丸村の土師上で生まれたとの記録から、おそらく東側が松丸(吉留地内)、西側が土師上(武丸地内)だと判断しました。詳細はまた調べ直したいと思います。

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いったん引き返して、今度は石井集落がある谷戸に入っていきます。道脇にはちゃんと、石井・石井原と表示された看板も建っているので、まず迷うことはないでしょう。

石井原

石井集落のある谷戸に入ると、まず見えてくるのが石井原集落。この谷では一番大きな集落ではないでしょうか。

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▲石井原集落全景

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集落内にはコミュニティバスのバス停「石井原」もあります。

新立林道改築記念碑

さらに道を進むと、左手に池が見えてきました。ほとりには古そうな石碑が鎮座しています。ちょっと見ていきましょうか。

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石碑には「新立林道改築記念碑 昭和十五年十月竣工」と刻まれています。どうやら、今進んでいる道から先に進むと、この新立林道に入っていくようです。

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石碑のもう一方には「吉武村長 高山徳七郎」と刻まれていました。新立林道に関してはまた最後に紹介します。

(中石井)

国土地理院には掲載されていませんが、石井原と石井の間には無表記の集落が一つあります。気になったのでそちらも見ていきましょう。

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世帯数は少ないものの、明らかに集落としての形態を見せています。はたして、ここは何と呼ばれているのでしょうか。その答えは足元にありました。

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ここにもコミュニティバスの停留場があります。名前は「中石井」と表記されており、一応この地が「中石井」という名前で認知されていることが分かりました。当ブログでは便宜上、この集落をそう呼ぶことにします。

石井

さらに道を上り詰め、谷戸の水田が途切れるころ、石井集落が見えてきました。吉武小学校からずいぶん登ってきましたよ。

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集落の規模は小さく、道に沿って家が並ぶ「列村」の形態をとっています。

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石井集落を過ぎると、舗装は途切れ林道に入っていきます。

これが先ほど紹介した新立林道でしょうか。入口に立つ標柱には、「林道石井線 敷設年度 昭和十七年度」と書かれていました。石碑には昭和15年に竣工したと書かれていましたし、時期的に見ても間違いはなさそうですね。

ここから先は人気のない鬱蒼とした森が待っています。さすがにズカズカ踏み入っては猿に誘拐されそうですし、引き返して元の道を戻りました。

撮影日:2020年7月
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