波上宮(沖縄県那覇市)―じつは崖っぷち!琉球国一の宮

今回は沖縄県那覇市若狭1丁目にある、波上宮をめぐります。

琉球の土着信仰といえば、ノロ・ユタと呼ばれる巫女や「御嶽」が有名ですが、その一方で、王国時代から本土式の神道も導入されていました。その代表的な例が「琉球八社」であり、波上宮はその「一の宮」に列せられています。

沖縄総鎮守
旧官幣小社 波上宮

祭神
主神 伊弉冊尊 速玉男尊 事解男尊
相殿神 産土神(鎮守神) 少彦名神(薬祖神)

境内仮鎮座
浮島神社(天照大神奉斎・別称―長寿宮)
世持神社(沖縄産業三大恩人奉斎)

御由緒
当宮は、古く沖縄独特のニライカナイ信仰(海の彼方より幸福を持ち来る神々に祈る)に始まる。

その後この聖地に神のお告げにより王府が熊野三神を祀り、以来朝野の尊崇極めて篤く「端城」または「なんみんさん」などと称され親しまれてきた。

社殿の創建は不詳ながら史記『琉球国由来記』に薩摩の頼重上人が波上宮の別当寺として波上山護国寺を開山(一三六八)し、ここ宮寺を王の祈願所としたとみえ創建時が伺われる。

また大永二年(一五二二)、寛永十年(一六三三)、享和三年(一八〇三)などには天災・火災などによる造営や再建の様子が史籍に散見せられる。

明治二三年(一八九〇)官幣小社に列格し豪壮な社殿を誇ったが先の大戦の戦火で灰燼に帰した。昭和二八年(一九五三)ハワイの人々の赤誠により本殿再建がなされた。昭和三六年(一九六一)には拝殿が県内外の奉賛により再興され平成五年(一九九三)には戦後五十年にして全社殿の本格的御復興がなされた。

IMG_2823.jpg
▲波上宮一の鳥居
泉崎交差点で国道58号線から外れ、県道47号線をひた進むと、やがて茶色の大鳥居が見えてきます。鳥居を抜けると参道階段に入り、社殿はその先にあります。

IMG_2824.jpg
▲波上宮の隣にある護国寺

神社のすぐ隣には、かつて波上宮の別当寺として開山したという護国寺(真言宗)があります。

IMG_2826.jpg
▲再建された「沖縄医生教習所記念碑」

IMG_2827.jpg
▲波上宮二の鳥居

IMG_2829.jpg
▲波上宮社務所

IMG_2830.jpg
▲沖縄らしい形の波上宮手水舎

IMG_2831.jpg
▲明治天皇像

IMG_2834.jpg
いよいよ社殿に接近します。建物は沖縄らしい建築様式で、真っ赤な色合いが青空に映えます。

IMG_2832.jpg
▲波上宮の社殿

写真からだとあまり分かりませんが、社殿のすぐ裏側は崖になっており、その先は海です。なんと、崖っぷちに鎮座しているんですよ!

IMG_2833.jpg
▲波上宮境内の末社(世持神社・浮島神社

撮影日:2020年9月23日

あとがき―4月から放置しっぱなしのYouTubeチャンネル

久々の雨が降りました。降れば降るほど気温が下がり、徐々に秋が深まっていくのを感じます。

何もない秋ってのは寂しいものでして、何かやっておかねばと思うこの頃です。やるべきことで、ふと自分のYouTube活動を思い出しました。4月上旬に最後の動画を上げて以来、ログインすらしていません。完全に放置状態です。

世間では日々YouTube依存が高まり、僕自身がどんなに目を背けようとしても、嫌でもYouTubeの影がちらついてきます。ああして「活躍する人たちの姿」を見せつけられると、悔しくてたまらないですが、なかなか復帰する気が起きません。

動画クリエイターとして、なぜこんなに不必要な冷遇ばかり続くのか。そればかり考えたところで、どうしようもないことは分かっています。それでもなお、動画クリエイターとしてのモチベーションは、上がりも下がりもしていません。

YouTubeに最初の動画を上げた11年前、このコンテンツに心を挫かれようとは、思ってもいませんでした。

関連記事
神社

Comment