【旅行記】青春18きっぷで行く東北旅2020→2021 4日目(1)―冷気と大雪には要注意!

3日目は米沢から仙台までと、移動距離はそれほど長くありません。普通列車の本数が少ない板谷峠を越える関係で、当初は米沢を早朝に出る予定でした。しかし、僕の考えは揺らぎつつありました。

せっかく米沢に来たのだから、何もせずにここを発つのは惜しいと。



米沢に来て何をしたかというと、中華で夕食を食べてホテルに泊まったぐらいです。せめて、上杉氏の城下町らしいものを見ておかなければ、何もしないも同然じゃないですか。

これまでの旅では、移動することに時間を割くあまり、滞在することを蔑ろにしてきました。しかし、これではただのガマン大会です。年をまた一つとったことで、これまで見えなかったものが見えてきました。

大雪まみれの米沢観光


そして3日目の朝、僕は大きな決断を下しました。朝8時7分発の福島行き422Mへの乗車をやめ、11時38分発「つばさ138号」で米沢を離れます。3時間の余裕を確保して、米沢城や物産館に立ち寄る時間を確保しました。

そのかわり、女川への到着時間は遅くなります。ギリギリ日没前につけそうですが、現地でどうするかは後ほど考えることにします。

今回「ホテルセレクトイン米沢」を予約するにあたり、朝食付きプランで宿泊しました。7時半に起床して、1階ロビーの朝食会場に向かいます。会場内に宿泊者はおらず、ほぼ貸し切り状態でした。


卓上にはカレーのほか、山形名物「だし」も用意されていて、朝から白飯でガッツリといけます。最後はブラックコーヒーを飲んで、おいしい朝食を終えました。JR米沢駅から若干離れているのがネックですが、逆に考えると、米沢城など主要観光地に近いため、観光する分には便利な立地といえましょう。


9時前にチェックアウトを終え、これから2時間かけて米沢城を観光します。といっても、軽い足取りでほいほい行けるような環境ではありません。

足元を見ると、凄まじい量の雪が積もっています。国道や目抜き通りの歩道は、どこも溶けた雪でシャーベット状になり、ひとたび足を踏み入れようものなら、靴はたちまち水浸しになるでしょう。

少しでも靴を濡らすまいと気をつけながら、米沢城に向かいます。いつの間にか雪が降り出し、帽子やバックパックはたちまち雪まみれになりました。こういうときは交通量の多い道よりも、小さな路地を歩いた方が吉です。なんたって、車が通るたびに、水しぶきが襲ってくるのですから。

米沢城も例外ではなく、一面雪に覆われていました。近くにある物産館「上杉城史苑」のオープンは9時半とのこと。それまでの間、城内に鎮座する上杉神社を散策します。

参道を進むと、作業員が除雪作業を始めています。まだ人数は少なく、境内は閑散としていました。これが福岡なら土砂降りかといわんばかりの、ドカ雪が降り続いています。一通り境内を散策すると、靴はすっかり雪まみれになっていました。

物産館のオープンまであと15分もあります。ならばと、すぐ近くにある直江兼続邸跡地まで行ってみることに。それから程なくして、「上杉城史苑」は開館しました。


館内には観光情報ブースのほか、レストラン、山形の名物を集めた土産物店が入居しています。取り扱う品数が多いため、じっくり時間をかけて吟味したいと思います。山形のお酒、米沢牛・・・う~ん、魅力的だけど高級すぎる。やっぱり持って帰るなら、お菓子かなぁ。

土産物を物色するうちに、いつの間にか工芸品ブースにいました。産業開発のため、城主上杉氏が作らせたという米沢織のほか、大河ドラマに登場した直江兼続のグッズも揃っています。もちろん、その中に「かねたん」のグッズも沢山ありました。

気が付くと、入店から1時間も経っていました。時計を見ると10時半を過ぎています。1時間後の「つばさ」に乗るため、これから米沢駅に向かいます。深雪を一つ一つ踏みしめながら、米沢城を後にしました。

新在直通特急「つばさ」で板谷峠を越える



▲万世大路道路元標

古い町並みをしばらく進むと、橋が見えてきました。その手前に一つ、雪に埋もれた石碑が見えます。これはもしやと思い雪を取り払うと、そこにあったのは万世大路の起点碑でした。国道13号線のうち、ここから福島までの区間はそう呼ばれることがあります。


▲九里学園高等学校校舎(1935年建築・登録有形文化財)


▲今町石観音堂

米沢三十三観音礼所 第十三番礼所
「今町石観音堂」(聖観世音)

慶長六(一六〇三)年上杉家が会津より移封の際、駕篭に載せて持って来て、今町の頭(上)の石の上に置いて休憩したところ、これをまた運ぼうとしたが動かなくなった事は大変奇異なことであった。

人を雇い大人数で動かそうとしたが、動かず、しかたなく皆に図ってすなわち、ここに安置して祭った。米沢三十三観音第十三番礼所となる。

―御詠歌―
昔より たつともしらぬ いままちの
くぜのちかいあらたなりけり



▲深雪に足を突っ込む

橋を渡ってしばらく進むと、徐々に雪が水気を帯びてきました。車の往来が多いせいか、路面の雪が解けて水たまりと化しています。どこを進んでも靴が浸水して、たちまち足の中が沼地状態です。苦労の末、ようやくJR米沢駅に到着。

電光掲示板を見ると、乗車予定の「つばさ138号」は15分ほど遅れているとのこと。暇つぶしに駅構内を散策します。1階には待合室や売店、立ち食いうどん店が入居しており、多くの利用者で賑わっていました。

2階に進むと、そこにも大きな土産物店がありました。さっそく店内に入ると、そこは「上杉城史苑」のミニチュア版のような場所で、かねたんグッズも揃っていました。かねたんに関しては知名度がありますし、心配していませんでしたが、グッズ入手はかなり容易だと思います。


▲寒波到来中の米沢駅

「つばさ138号」到着まで時間はありますが、先に新庄行き「つばさ131号」を撮影するためホームに上がります。改札を抜けた先にあったのは、前日とはまるで別世界の光景でした。

一晩のうちにホームは雪で埋もれ、枕木も全然見えないレベルの積雪です。肌を刺すような寒さが辛いものの、これだけ凄い一面銀世界は、九州北部じゃそう簡単には見られません。さっそく機材をセットして、「つばさ131号」の発着シーンを4Kで収録することに。

定刻から遅れること15分、東京行きの「つばさ138号」が到着しました。これに乗って板谷峠を越え、一路福島に向かいます。本来ならば普通列車で移動すべき区間ですが、いかんせん良い時間帯に走っていないのです。だから僕は当初、8時7分発の422Mで移動する予定でした。


▲峠駅を通過

かつては補機を伴い、険しい峠を越えていたのも今は昔。E3系「つばさ」は強力モーターを活かし、急坂をスイスイと進んでいきます。ものの1時間もしないうちに、福島駅に到着しました。

大晦日のささやかな新年祝い


福島では4分程度の接続で、仙台行きの臨時快速に乗り換える予定でした。ところが、在来線ホームに移動中、見てはいけないものを見てしまいました。E721系の2両編成が、今まさに走り去っていくではないか!

どちらにせよ、このすぐ後に快速「仙台シティラビット」が出発します。あまり急ぐ旅ではありませんし、落ち着いていきましょう。

ここで濡れてしまった靴下を脱ぎ、新しい靴下に替えます。このまま靴を履くと、また濡れてしまいますから、汚れた下着用のビニール袋で靴下を覆い、それから靴を履くと急場しのぎにはなります。


福島から仙台の区間は、これまで何回も乗ったことがあります。雪の量は減りましたが、それでも雪が積もっていることには変わりません。一面銀世界の中、仙台までの一時間を過ごしました。


▲かめ塚古墳(岩沼市)
発掘調査中なのかトレンチが掘られている


仙台はこの日の宿泊地ですが、これから女川に行くため、いったんここを離れます。石巻行き快速の出発時間まで、20分ほど時間があります。ちょうどお昼時ですし、立ち食いうどん店で腹ごしらえを済ませておきましょう。この日は大晦日の12月31日。少し早いですが、年越しそばを兼ねてカレーそばを注文しました。


あまり時間がない時、すぐに出来上がる駅そば・うどんは心強い旅の味方です。とくにこういう寒いときは、カレー系のメニューが重宝します。一味唐辛子をかけて、ちょっとスパイシーにしてから、豪快に啜るのも痛快というものです。

陸前赤井のトラウマ


腹ごしらえを済ませたのち、石巻行きのHB-E210系に乗車します。高城町まで各駅に止まり、仙石線内は快速運転を行う列車です。前回は仙台から塩釜までと短区間でしたが、今回は石巻までの全区間と、ハイブリッド車の走りを思う存分に味わうことができます。


▲松島の絶景を横目に


▲野蒜駅で205系マンガッタンライナーと交換

それにしても駅に停車中、車内に入ってくる外気が体に応えます。なんたって気温は氷点下5度と低く、このまま外に出たら、たちまち身も心も凍り付きそうです。津波によるルート変更区間を経て、列車は陸前赤井駅に到着しました。ここで仙台行きの列車と交換するため、数分停車するとのこと。

ちょうど良い機会だと、ホームに降りて対向列車を一枚撮ってみます。ホーム上の雪は少なく、どうやら雪は大方溶けているようです。ホーム先端まであと少しという所で、地面に足を置いた途端、氷のように滑るのを感じました。

気が付いた時にはすでに時遅し。重力に任せて後ろに叩きつけられました。

帽子やカメラがホームに散らばり、背中と腰に強い痛みが走ります。あまりの痛さに息をすることもできず、ただうずくまったまま、息が吸えるようになるのを待つのが精一杯です。なんとか気力で這い上がり、列車内に戻ります。さいわいカメラは無事で、レンズの損傷もなく、わずかな擦り傷だけで済みました。

車内ではおそらく、多くの乗客が僕を見ていたでしょう。東北のような雪国では、このような転倒が日常茶飯事なのでしょうか。誰もが見て見ぬフリです。人の冷たさを感じずにはいられない4日目の午後でした。

あやうく南海帽を回収し損ねるところでした。どうも頭が冷えると思っていましたよ。急いで帽子を回収して、ようやく車内に落ち着きました。打ちどころが良かったのか、この後しばらく腰と首に痛みは残りましたが、旅を続行することができました。不幸中の幸いです。


背中の痛みが少し落ち着いた頃、列車は終点の石巻に到着しました。ここで20分の接続を挟んで、女川行きに乗り換えます。ホームにはすでに女川行きが止まっていましたが、せっかく石巻に来たのだからと、改札を出て市内に出ました。

これから乗り換え時間20分を有効活用して、石巻市内を少しだけ散策します。今思うと、ケガしたばかりでこれは無茶でした。よい子のみんなはマネしちゃだめよ!

撮影日:2020年12月31日
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