国玉神社(福島県浪江町川添)―震災・原発被害を受けた神社の今

東日本大震災と福島第一原発事故は、福島県双葉郡一帯に大きな爪痕を残しました。

今回訪れた国玉神社は、「二つの被害」を同時に受けた場所です。この神社が鎮座する双葉郡浪江町は、2017年に一部地域の避難指示が解除されました。あれから3年半が経ち、国玉神社はどうなったでしょうか。

IMG_3979.jpg
浪江町の中心部から国道114号線に沿って進むと、広い空き地が見えてきました。この場所が国玉神社です。

大地震で鳥居や石灯篭は崩れ、社殿は半壊状態になりました。それだけではありません。さらに、原発事故の影響で放射性物質が降り注ぎ、これが神社の運命を大きく変えました。

浪江町東部は大方低線量でしたが、風向きの影響で、常磐線のすぐ西側に「小さな高線量の帯」が出現しました。この神社も帯の中に入ってしまい、事故から数年経ってもなお、周囲よりも高い数値を示していました。

IMG_3981.jpg
▲国玉神社社号標

やがて、警戒区域が再編されることになり、川添地区は居住制限区域に含まれました。

再編以降、将来的な帰還に向けて、復興が急速に進められていきます。半壊状態の社殿は解体され、放射性セシウムが沈着した土壌の除染が進み、線量は徐々に下がっていきました。

IMG_3980.jpg
▲周囲に散乱した鳥居残骸

こうして、人が立ち入れるようになった国玉神社には、新たに小さな祠が再建されました。しかし、倒壊した鳥居や石灯篭は手つかずのまま、地面に転がっています。住民の帰還が少数にとどまる中、神社の保全管理が今後の課題になっているようです。

IMG_3982.jpg
▲芳名碑

IMG_3983.jpg
▲災いを乗り越え、今も立ち続ける手水舎

すべての構造物が崩れ落ち、解体されたわけではありません。芳名碑や手水舎、それに末社といったいくつかの構造物は、震災前の姿をとどめているように見えました。

IMG_3984.jpg
▲社殿跡地と末社など

決して多くはありませんが、浪江町には着実に人が戻っています。浪江町の地域社会が崩壊せず、再生への道を進み続けられたならば、国玉神社はいずれこの惨状から這い上がれると信じています。

撮影日:2020年12月30日
関連記事
神社

Comment

AzTak

はじめまして

残念ながらこの小さな神社は再建に着手できていないようです。生まれ育った街いわきと至近距離。胸が痛みます。
DASH村の試みが行われていたところと同じ町内。TOKIOの山口くんが活躍していた頃が懐かしく思い出されます。
のどかな浪江町がもとに戻ることを祈りたいものです。

2021年02月05日(金)16:38
WRA

wra

AzTakさんへ、当ブログへようこそ

こちらこそ初めまして!
この度はブログ記事へのコメントありがとうございます(^ω^)

>残念ながらこの小さな神社は再建に着手できていないようです。

やはり住民の激減が大きく影響しているのかもしれませんね。


>DASH村の試みが行われていたところと同じ町内。
>TOKIOの山口くんが活躍していた頃が懐かしく思い出されます。

DASH村も毎週のように見ていましたが、あれから長い年月が経ちました。
もうすぐ10年になろうとは・・・。


沿岸部はある程度復興しつつありますが、ご存じのとおり津島は手付かずです。
低線量なのに浪江町内がゆえに自由な立入りすらできない、羽附集落の住民が不憫に思えてなりません。

2021年02月13日(土)23:52