【旅行記】サンライズ出雲&18きっぷの旅2021春 10日目―紀勢本線はロングシート地獄だった

10日目はJR紀勢本線の完乗で、ほぼ1日をつぶします。それだけ長い路線ということです。おまけに本数も少なく、早朝起床でなければ、明るいうちに完乗することは難しいでしょう。

紀勢本線をうまく乗りこなすにあたって、とくに意識したのは「接続」です。今回のような時計回りコースの場合、いちばん遠くても亀山にいなければ、どこかで2時間以上の接続待ちにぶつかってしまいます。かつ亀山では6時8分の始発新宮行きに乗ることが必須です。



眠気と花粉症に泣く三重路(亀山~新宮)


5時半、目を覚まして出発の準備を整えます。ドリンクバーで味噌汁を作り、それを飲みながら弁当を食べて、簡単な朝食を終えました。

店を出て亀山駅に移動後、改札を抜けるとすでに、始発新宮行きが停車していました。車両はキハ25系2両編成でかつ、これから乗る区間に見合わないロングシートです。6時8分、定刻通りに新宮行き327Cは動き出しました。

これから4時間という長時間を、このロングシートで過ごします。環境としては過酷ですが、乗客が少ないので、のんびり寛ぐことはできます。靴を脱いで壁にもたれ、ロングシートに足を投げ出し、車窓風景を眺めることに。

IMG_5657.jpg
▲三重県なのに「あそ駅」がある

それにしても、やけに涙が出てきます。別に悲しいわけではありません。風景に感動しているわけでもありません。ここで突然来ました、花粉症の症状です。目薬をさすも、涙は止まりません。目の腫れぼったさが収まるまで、目を閉じたまま過ごします。

IMG_5659.jpg
▲紀伊長島駅にて

列車はやがて、山の中に入りました。軽快な加速で志摩半島の付け根を横断して、紀伊長島から海沿いに入ります。数分停車するというので、息抜きを兼ねてホームに出ました。保線用のキヤ97が留置されています。

IMG_5660.jpg
▲紀伊長島駅に留置中のキヤ97

IMG_5662.jpg
▲紀伊長島の港湾地帯を抜ける

IMG_5666.jpg
▲樺太土産を手に大泊でフェリーに乗って稚内へ
いつかそんな旅がしたいものだ


紀伊長島~熊野市間はリアス海岸を走行する、風光明媚な区間です。樺太の地名と同じ「大泊駅」があるというので、駅名標を忘れず収めておきます。

それにしても、ロシアの侵略者どもは、1520ミリにして線路まで要塞化する気でしょうか。相変わらず、樺太問題にはだんまりを決める日本社会の愚かなことよ。

IMG_5667.jpg
▲いわゆる紀伊大泊駅

熊野市を出ると、平坦な海岸線が新宮まで続きます。最後は熊野川を渡って和歌山県に入り、新宮駅に到着。ここで30分近い待ち時間があるので、いったん駅前に出ました。

IMG_5673.jpg
▲新宮駅にて(写真はキハ25)

30分という時間は決して長くありません。これから先、紀伊田辺でも乗り換えはありますが、わずか数分程度の待ち時間しかなく、お昼を買うには不十分すぎます。ここで少し早めのランチにしたいと思います。

コンビニで弁当を買い、駅前広場で食べました。それから、駅前に徐福の墓があるというので、ついでに散策します。

ロングシート地獄に泣く紀州路(新宮~御坊)


IMG_5695.jpg
▲新宮駅にて(写真は227系)

新宮で待っていたのは、227系の2両編成紀伊田辺行き。和歌山線で走っているものと同じため、車内は当然ロングシートです。これから再び入り組んだリアス式海岸を、ゆっくり走行していきます。

IMG_5696.jpg

風景は旅情たっぷりなのですが、いかんせんロングシートですから、それだけで旅情が半減されてしまいます。「もしこれが165系や117系だったら」と、今になって初乗車したことを悔やむばかりでした。

IMG_5699.jpg
▲287系「くろしお」(パンダ)と交換

IMG_5704.jpg
▲海沿いを走る紀勢本線

IMG_5707.jpg
▲紀伊田辺駅にて

全体的に速度は遅く、曲線の多さを感じさせられます。こまめに停車していき、時間をかけて紀伊田辺に到着。ここで御坊行きの227系に乗り換えます。昼の弁当では足りず、自販機のスープを飲んで小腹を満たしました。

IMG_5708.jpg
▲御坊駅にて(写真は227系)

紀伊田辺から複線区間に入りますが、依然として曲線が多いことには変わりません。のんびりとした速度で走り続け、御坊駅に到着しました。亀山からここまで、およそ8時間という道のりをロングシートで過ごしました。

国鉄型よりも乗り心地は良いですが、それでも地獄には変わりません。これから紀勢本線を鈍行だけで乗りとおすとしたら、過ごし方に気を付けましょう。あえて主要駅での長時間待ちを利用して、休憩をとるのも一つの手です。

紀州鉄道に乗って日高川駅跡を見に行く


御坊で一旦紀勢本線から離れ、紀州鉄道を往復します。

西御坊までほんの3キロ弱しかない、歩いても往復できる長さの地方私鉄です。一往復分だけですが、少しでも売り上げに貢献すべく立ち寄りました。ついでに時間があれば、日高川までの廃線跡も散策しようと思います。

IMG_5711.jpg

御坊駅ホームに停車していたのは、信楽高原鐵道から譲渡された軽快気動車でした。いつの間にか、キテツ1形は引退していました。大型気動車で一路、西御坊を目指します。

列車は自転車程度の速さで、路地のような場所を通り抜けます。脱線事故の影響を受けてか、一部箇所がPC枕木に改良されていました。乗客はほんの数人しかおらず、保線や車両保全だけでも、間違いなく相当な負担になっているでしょう。

やがて紀伊御坊駅が見えてきました。大分交通耶馬渓線から来たキハ603(かじか)は、敷地内で今も大切に保管されています。西御坊側の側線には、錆びの浮いたキテツ1形が留置されていました。雰囲気はまさに地方私鉄の車両基地です。

IMG_5713.jpg
▲西御坊駅にて

御坊を出てからほんの数分で、終点西御坊駅に到着しました。ここまで乗ってきたのは僕一人だけという、あまりにも悲惨な状況です。折り返しまで20分あるのを確認して、日高川駅跡まで往復することに。

西御坊から日高川までの線路は、廃線から30年以上を経た今でも、その多くが手つかずで残っています。距離も決して長くないため、気軽に歩いて行けます。とはいえ、毎時1本程度しかない列車を逃すと、今後の日程に響いてしまうため、急ぎ足で移動します。

IMG_5726.jpg
▲日高川駅跡にて

西御坊駅を出てから10分後、日高川駅のホームが見えてきました。昔からここまで来たいと思っていただけに、感慨深いものがあります。草生したレールを写真に収め、もと来た道を戻りました。西御坊には発車5分前に着き、駅ノートに記帳してから車内の人に戻ります。

IMG_5733.jpg
▲西御坊駅にて(写真はKR301)

名古屋のエキナカで元祖台湾ラーメンを食べる


御坊駅で待っていたのは、関空快速でおなじみ225系でした。ここから久々のクロスシート車で、一路和歌山を目指します。ミカン畑が夕日に照らされ、車内に最高クラスの旅情が漂います。そう、これよこれ!

IMG_5757.jpg
▲みかん畑を西日が照らす紀州路

これから先、和歌山線の完乗を思い立ちましたが、ここで一つの問題にぶち当たりました。その日のうちに名古屋まで行けないのです。僕自身、翌日は名古屋滞在に充てようと考えています。和歌山線はあきらめ、紀州路快速で大阪に出るコースをとりました。

IMG_5759.jpg
▲和泉砂川駅にて(写真は287系くろしお)

大阪の手前で日没を迎え、真っ暗闇の中、あとは東海道本線を上がっていくばかりです。今晩の夕食は名古屋駅で、元祖台湾ラーメンを満喫したいと思います。空腹を我慢しながら、大爆走の新快速で米原に向かい、再びJR東海の管轄内に入りました。21時ごろ、この日の最終目的地・名古屋に到着。

IMG_5760.jpg
▲味仙 名古屋駅店にて(写真は台湾ラーメン)

それでは元祖台湾ラーメンを食べに、「味仙 名古屋駅店」に入ります。

これまで、さまざまな店で台湾ラーメンを食べてきましたが、ここはずば抜けていました。ひき肉を噛むたびに、濃厚なうまみと辛さが絡み合い、口の中で混然一体になって広がるのですから。

一般的に「偽台湾料理店」といわれる中華料理店の台湾ラーメンは、全体的に薄味気味ですが、ここは満足感が半端ないレベルです。さすがは元祖台湾ラーメンの店、恐れ入りました。

夕食後、地下鉄を乗り継いで大須に向かい、快活クラブの鍵付き個室に落ち着きます。シャワーを浴びたのち、ソフトクリームをカップ4杯分ほど食べてから、寝床にもぐりこみました。
~つづく~

撮影日:2021年3月23日
関連記事
鉄道台湾

Comment

こーたろー

もう36年前になりますが
EF58牽引の12系での各駅停車に乗り
キハ55に乗り継ぎ
南紀キハ82で名古屋へ旅しました。
今 振り返ればレアな車両の旅でしたね。

2021年04月10日(土)17:14
WRA

WRA

こーたろーさんへ

返信が遅れて申し訳ありません。


今や車両が機能性重視になりすぎて、113系ですら恋しいと思えてきます。
せっかくあの絶景でロングシートは、ちともったいないと思いましたよ。

次乗るときはたぶん特急になるでしょうねぇ~。

165系が走っているうちに、行っておくべき路線でした・・・。

2021年04月28日(水)23:39