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JR万座・鹿沢口駅前で草軽電気鉄道の痕跡を探した(群馬県嬬恋村)

今からおよそ60年前の1962年。軽井沢と草津温泉を結ぶ軽便鉄道「草軽電気鉄道」が、その短い歴史に幕を下ろしました。

廃止から半世紀以上を経た今でも、沿線各所に痕跡が残っています。今回はその中でも、とくに到達難易度が低いというJR万座・鹿沢口駅周辺の廃線跡をたどりました。

吾妻川橋梁橋台・上州三原駅跡

万座・鹿沢口駅を出た僕は、まず最初に吾妻川をはさんで対岸部にあるという、上州三原駅跡を目指しました。駅跡には何も残っていませんが、すぐ横に吾妻川橋梁の橋台が残っています。

群馬県嬬恋村に鎮座する中居重兵衛之碑
▲中居重兵衛之碑

駅を出て吾妻川に差し掛かると、やけに大きな石碑に目が行きました。「中居重兵衛之碑」と刻まれています。詳しいことは存じていませんが、幕末期に活動した豪商とのこと。ここ三原の名主の家に生まれた縁から、立派な石碑が鎮座しています。

群馬県嬬恋村を流れる吾妻川
▲吾妻川を渡る

群馬県嬬恋村のマンホール
▲嬬恋村マンホール

草軽電気鉄道吾妻川橋梁跡
▲草軽電気鉄道の吾妻川橋梁橋台

吾妻川を渡ると、さっそく草軽電気鉄道の橋台を発見しました。廃止の直接的要因になったのが、ここ吾妻川橋梁の流失でした。現在は上州三原側の橋台のみ残存しています。

草軽電気鉄道吾妻川橋梁跡
▲対岸からJR万座・鹿沢口駅と211系を遠望して

草軽電気鉄道上州三原駅跡
▲駐車場になった上州三原駅跡

橋台のすぐ先には上州三原駅がありました。現在は銀行敷地と駐車場になっており、その入口には駅跡を示す説明板が設置されています。

草軽電気鉄道上州三原駅跡
▲上州三原駅前には「駅前風情」が残る

駅跡からかつての「駅前」を振り返ると、そこには食堂と理髪店、それに呉服店も立ち並んでいました。これには「駅前風情」を感じずにはいられません。

よく考えると、この場所は現役の駅前じゃないですか。草軽電車が廃止された後、この地には国鉄吾妻線がやってきました。少し離れていますが、ここは「万座・鹿沢口駅前」という見方もできます。なるほど、どうりで駅前風情が残っているわけです。

芦生田集落に残る橋台(の残骸)

続いてはJR吾妻線沿いを通りぬけ、芦生田集落を目指します。かつて草軽電車の嬬恋駅があった場所です。集落の片隅に橋台が残っていると聞き、見に行ってみることにしました。

群馬県嬬恋村内のJR吾妻線
▲工事区間を横目に線路沿いを進む

群馬県道241号線
▲国道から県道241号に入る

途中で国道から群馬県道241号(嬬恋応桑線)に入り、すぐに吾妻線を陸橋でまたぎます。このあたりも草軽電車の廃線跡なのでしょうが、いかんせん、廃止から60年もたっていると何が何か分かりません。

群馬県嬬恋村にある天明の埋れ木
▲天明の埋れ木

吾妻線をまたぐと、ほどなくして右手に丸太が横たわっていました。説明版によると、なんでも浅間山の大噴火により、泥流に埋まった木を発掘したものとのこと。天明期に埋まったことから、「天明の埋れ木」と呼ばれています。

芦生田区民ふれあいセンター
▲芦生田区民ふれあいセンター

埋れ木を過ぎると、芦生田集落に入ります。県道がかつての草軽電車にあたり、嬬恋駅跡は集落中心部に置かれていました。そこそこ広い構内だったようですが、敷地は宅地化され、その敷地形状からなんとか面影を見出せるにすぎません。

嬬恋村芦生田地区の群馬県道241号線
▲集落を抜けると幅員が減少するr241

これまで2車線路だった県道241号は、芦生田区民ふれあいセンター(コミュニティセンター)を過ぎると、一気に幅が狭くなります。ここで左手に目をやると、石積みの残骸が見えました。

嬬恋村に残る草軽電気鉄道の橋台
▲わずかに残る草軽電気鉄道の橋台

その石積みの残骸こそ、探していた草軽電車の橋台でした。道路整備や整地にあわせて、徐々に形を失ったようです。

一見すると、何の塊なのか分からないほど風化していますが、この地に軽便鉄道が走っていた貴重な遺構です。今は「ただそこにある」状態ですが、郷土の史料として残す価値はあると思います。


今回は三原地区・芦生田地区の2つに分けて、万座・鹿沢口駅から歩いて行ける草軽電気鉄道の遺構をめぐりました。廃止から60年ということもあり、場所によっては痕跡すらありませんが、しぶとく残る遺構もあることが分かりました。

撮影日:2021年3月
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