宗像市の無人島「勝島」を草崎から観察しよう!防波堤に見える廃村の痕跡

宗像市内には4つの大きな島があります。

そのうち有名なのは、有人島の大島・地島、世界遺産になった沖ノ島の3つでしょう。さて問題は残る一つ。他の3つが有名なあまり、いつも陰に隠れがちですが、神湊沖に勝島という無人島があります。昭和30年代まで有人島だったこともあり、島内には集落・畑・神社跡が残っているそうですが、詳細はあまり伝わっていません。

そんな勝島が気になるあまり、これまでフェリー船内から、たびたび島の様子を観察してきました。しかし、それだと大まかな状況しか把握できません。今回は本土側から勝島に最接近できるという、宗像・福津市境にある草崎を訪れ、島についてさらなる情報を得ることにしました。



勝浦漁港から草崎を目指す


勝浦漁港から草崎へと通じる道
▲勝浦漁港から草崎へと続く道

草崎へのアプローチ方法は2通り存在します。福津市側の勝浦漁港から行く方法、そして宗像市側の神湊漁港から行く方法です。後者のルート上には断崖絶壁が多く、海岸線がかなり荒れているため、今回は勝浦からのアプローチを試みました。

勝浦漁港から津屋崎方面を遠望して
▲福津市に属する勝浦漁港(奥は勝浦浜集落)

砂浜から漁港へと続く道は、どこか民家の庭みたいな雰囲気ですが、ここを通らなければ草崎には行けません。最初のうちは芝生道ですが、すぐに道は途切れ、砂浜に入りました。このあたりに宗像市との境界があります。

草崎から勝島を遠望して
▲小石と磯が目立つ海岸線

砂浜自体もそう長くは続かず、風景は磯と礫浜に変わりました。波打ち際には切り立った磯が延び、陸側には丸い小石がいくつも転がっています。

それともう一つ、おびただしい数の海綿も打ち上げられていました。あれだけ大きな「スポンジ・ボブ」を見たことはありません。

草崎の磯場と勝島
▲進むにつれて歩きづらくなってきた
奥に勝島が見える


草崎の先端が近づくにつれて、礫浜も狭くなってきました。干潮時ということで、まだ歩ける箇所は多いですが、もはや磯を歩くしかありません。ここで沖合を見ると、メインターゲットの勝島が、間近にドンと構えていました。

宗像市草崎の先端部から大島を眺めて
▲草崎の先端部に到着
奥に大島が見える


勝浦漁港を出ておよそ20分。草崎の先端部が見えてきました。このあたりで九州本土と勝島は再接近します。時期が時期なら磯釣り客でにぎわう場所ですが、この日は波が高いせいか誰もいません。

玄界灘に浮かぶ無人島勝島
▲草崎から勝島を眺めて(中央部分が漁港・集落跡)

草崎の先端部に着いたところで、いよいよ勝島観察に入ります。島の大きさは地島の3分の1程度しかなく、比較的小さな部類に入りますが、それでも実際に見てみると大きく見えます。

勝島観察(波止)


宗像市勝島に残る漁港跡
▲勝島漁港跡に残る波止

勝島で最も目につく人工物は、島南西部にある石積みの波止です。波が高い玄界灘にもまれながらも、良好な状態で残存しています。その形態は勝浦漁港のミニチュア版というべきで、左右の波止に挟まれた空間の奥には、漁船を揚げる浜が広がっていました。

さらに細かい点を挙げてみると、陸揚げの浜を挟んで、波止は南北2つに分かれています。北側が良好な状態で残っている反面、南側はだいぶ崩壊が進んでいました。

宗像市勝島の漁港波止
▲勝島漁港波止の南部分を拡大して
風化・崩落が進んでいる


宗像市勝島に残る漁港波止とピット
▲勝島漁港波止の北部分を拡大して(南側よりも状態は良好)
船を係留するピットが残っていた


勝島観察(集落跡)


宗像市勝島の集落跡と耕作放棄地
▲漁港背後に残る集落・段々畑跡
(海岸線に立入禁止・密漁禁止の看板がたつ)


冒頭でも書いたように、勝島には昭和30年代(1961年)まで島民がいました。漁港を取り巻くように民家が並び、背後の斜面には段々畑が広がっていたようです。

国土地理院の航空写真を見ると、1948年の時点ではまだ集落・畑ともに健在なのが分かります。無人化された1961年の地図にも、辛うじて民家を確認できますが、すでに耕作放棄されたのか、段々畑は見あたりません。

有人島時代の痕跡を残す宗像市勝島
▲勝島の漁港跡全景

また、島内には牧神社が鎮座していたようです。地理院地図には現在もその位置が示されていて、その位置が正確ならば、島最南部の斜面に社殿址が残っているはず。

勝島観察(山岳部)


宗像市勝島の斜面崩落部分
▲漁村横の斜面が崩れている

近年頻発している異常気象の影響か、斜面が大規模崩落している箇所もあります。このまま放置されて崩落個所が広がっても、そこに居住する人はすでにいないため、だれも気にすることはないでしょう。

宗像市の山城・勝島城址
▲かつて山城があったという勝島最高峰(標高98メートル)

最後に島の山岳部を観察しました。海抜98メートルの最高峰にはかつて、山城が築かれていたそうです。詳しい調査が行われていないのか、山頂にどういった遺構があるのかについては、あまり把握されていません。

IMG_9062.jpg
▲島南西側の山は全体的に平たくなっている

写真を何枚も撮影しながら、勝島をじっくり観察したところで、元来た道を戻ります。全体的に歩きづらく、勝浦漁港まで比較的短距離ながら、アスファルト舗装の道よりも2~3倍もの時間をかけて歩きました。

勝浦浜の漂着物


最後にもう一つ、おまけのようなものですが、玄界灘らしいネタを一つご紹介します。人によっては不快に映るものかもしれません。宗像の海岸線には隣国のみならず、複数の国から漂着物が流れてきます。どういった国から漂着物が流れてくるのか、草崎への道中を利用して、異国の容器類を探しました。

インドネシアのお菓子らしい「Sari Gandum」
▲インドネシアのお菓子が漂着していた

すると、意外にも中国語・朝鮮語以外の表記がいくつも見当たります。中でもアルファベット表記のものは、ひときわ目につくものでして、その中にマレー語系の表記がありました。「Sari Gandum」と書かれています。調べてみると、その正体はインドネシアの焼き菓子でした。

キリル文字のジュース(パイナップルヨーグルト味?)
▲ロシアのジュースまで漂着してる・・・
沿海州から来たのかそれとも・・・


キリル文字のペットボトルまであります。ロシア沿海州(外満州)から漂着したものでしょうか。とにかくゴミだらけで、けしてきれいとは言えない海岸線です。

この死骸は何だろう?夏場なら絶対に腐臭がすごいはず
▲あやうく踏みつけそうになった死骸

そんな中、足元に大きな背骨を見つけました。腐臭こそしませんが、かなり腐敗の進んだ死骸です。この立派な背骨の持ち主は何でしょうか?

様々な物体を目にしながら、ようやく勝浦漁港に戻ってきました。足元が土の地面になった瞬間、安定した地面に感激したのは言うまでもありません。

宗像市営渡船しおかぜ
▲神湊港に到着する宗像市営渡船「しおかぜ」

総括


今回、神湊の沖合に浮かぶ無人島・勝島を近くから観察するため、宗像市草崎を訪れました。九州本土と勝島が最も接近した場所ということで、漁港跡や島の海岸線を間近に観察することが可能です。

すでに無人化から60年が過ぎており、島内の至る場所が草むらと化し、目に見える構造物は漁港跡の波止ぐらいです。島内には集落・神社・山城址が残っており、歴史調査をする価値はあると思いますが、地権者の同意が得られないのか、それとも調査の機運が高まらないのか、その類の話は耳にしません。

願わくば、生きているうちに勝島の土を踏み、人が生活していた名残りを記録したいものです。

撮影日:2022年1月
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