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川上神社(福岡県新宮町原上)

今回は新宮町南東部、原上(はるがみ)地区に鎮座する川上神社をめぐります。

神社が鎮座するのは、新宮町のなかでも特に山深い地域です。山城で有名な立花山の中腹にあたり、一帯には畑・住宅地が混在しています。

そんな原上地区と、それに隣接する三代地区の氏神として崇敬されてきたのが、ここ川上神社です。当初は香椎宮の末社として建立されたものが、やがて村の鎮守に変化していった模様。


川上神社

川上神社は、もとは旧立花村、村社川上宮と称し、皇室の崇敬が厚く、原上区、三代区の産土神です。その由緒は二つの言伝えがあります。一つは筑前国続風土記拾遺集によると、「当社は川上大明神と称し、香椎宮の末社として神輿を渡され、香椎宮の大宮司が参詣のため原上の神功屋敷(現在皇后屋敷と称す)に宿泊し、貢物を奉納するのが慣習になり、今日に至る。」とあります。又、川上宮縁起に依れば、「神功皇后の三韓出陣の際、妹の豊姫の御助力を得て、幾多の戦功を上げ凱旋された。その後、延長元年(九二三年)川上大明神として原上、三代両村の氏神となり、大正十三年一月十二日平山の熊野権現社を合祀し現在に至る。」となっています。

昔は、壮大な神殿があったのですが、度重なる戦乱によりほとんど焼失し、現在の神殿は、昭和十年に新改築がなされているものです。境内には楠、杉、槇の大木があったのですが、今は、大楠が二本残るのみです。

祭神
  • 豊玉姫命
  • 玉依姫命
  • 神功皇后
  • 伊弉册命
  • 速玉男命
  • 事解男命

例祭日:九月十日

(境内説明板より)


新宮町原上に鎮座する川上神社
▲神社正面

神社入口は西・北の2か所にあります。今回はまず西側から入りました。こちらは社殿と同じ高さにあるため、参道には階段の類が見られません。途中、雨水を通す排水溝をまたぐようにして、太鼓橋が設けられていました。

新宮町原上に鎮座する川上神社
▲降雨時だけ水が流れる太鼓橋

新宮町原上に鎮座する川上神社
▲一の鳥居

新宮町原上に鎮座する川上神社
▲平和塔

新宮町原上に鎮座する川上神社
▲二の鳥居・拝殿

鳥居を二つ潜ると、社殿前に到着です。両脇奥には末社が鎮座しています。

新宮町原上に鎮座する川上神社
▲境内に2つ残るクスの老木

向かって左手を見ると、やけに大きなクスノキが2株生えていました。推定樹齢は400年を超え、高さは21メートル、幹回りは8メートルと記録されている老木です。御神木として大切に管理されています。

新宮町原上に鎮座する川上神社
▲手水舎

新宮町原上に鎮座する川上神社
▲本殿と末社(逆サイドにも末社が鎮座する)

新宮町原上に鎮座する川上神社
▲もう一方の神社参道全景(こちらの鳥居は計2基)

最後に北側の入口まで行ってみました。こちらは社殿よりも低い位置にあるため、石段になっています。入口付近には、西側よりも立派な太鼓橋がありました。

これにて川上神社の散策完了です。

撮影日:2023年1月

あとがき

過去ネタですが、近いうちに神社以外のネタをお届けできる予定です。

それともう一つ、政府がようやく新型コロナを2類相当から外すという話を耳にしました。期待通りにいけば、新型コロナに束縛された生活は今年度中に終わるでしょう。テレビを付けるとアクリル板・マスク面・感染者報道が繰り返される日々にはもううんざりです。

ただ、意地でもコロナ騒動を続けて金儲けをしようとする利権亡者が、あれこれ言って邪魔するでしょう。もう「定番の脅し文句」には屈しちゃいけない。ここで「コロナ怖い」から脱却できないと、2020年春以来の過剰対策はえんえんと続きます。
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