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駕輿八幡宮(福岡県粕屋町)―駕与丁池畔にかまえる鎮守

今回は福岡県北部、粕屋町に鎮座する駕輿八幡宮をめぐります。

現在、公園として整備されている駕与丁公園の畔に鎮座しており、その位置はちょうど、池とJR香椎線に挟まれた場所です。神功皇后ゆかりの地として伝わる場所に建立され、鎮座地名にちなみ「駕輿」を冠しています。

駕輿八幡宮の祭神と由来

一、駕輿八幡宮の祭神について
  • 神功皇后
  • 応神天皇
  • 玉依姫命(神武天皇の母君)
  • 住吉大神の四柱神です

二、駕輿八幡宮の由来について
このお宮は、神功皇后が応神天皇を出産されるため香椎の宮を出発され宇美八幡宮に行幸されたときこの地で休息されたので、ここに住んでいた人々が祭神したのが、駕輿八幡宮の由来とされています。

三、駕輿丁という名称について
日本に律令国家が設けられた大化二年(六四六年)四府と呼ばれる四つの官庁の一つに、駕輿丁座(天皇が外出されるとき乗りものをかつぐ人々の組織)がありました。そもそも、駕輿丁の「駕」とは乗りものの意味で「輿」とは御輿(神のみたま)のことで「丁」とは仕丁として身分の高い人を運ぶ人々(集団)をさします。この人々は南側の階段から、さらに池に降りる階段の下に集団で住んでいましたが、この池が江戸時代に築堤されたので、山(十原)・十原・切内・中通り・四軒屋・平原などに移転して住んだといわれています。

四、駕輿丁座の変遷について
この座は、律令国家が力を失うとともにおとろえますが平安時代、藤原氏が政治を行うようになると各地の荘園から駕輿丁を集めたといわれています。ところが豊臣秀吉のとき、この駕輿丁座は解体させられ全国から姿を消しますが、京都の八瀬地区の方々は天皇の行幸や葬儀などのとき、天皇の乗りものをかつぐ役目で、輦台に加わっています。駕輿丁という名称は残っていません。現在、駕輿丁という名が残っているのは、日本中で、この地域だけで、歴史上、誠に意義深い地名です。

(境内説明板より)


駕輿八幡宮が鎮座する駕与丁池
▲駕与丁池

粕屋町駕与丁に鎮座する駕輿八幡宮
▲一の鳥居・二の鳥居

駕輿八幡宮の猫
がいた

粕屋町駕与丁に鎮座する駕輿八幡宮
▲参道全景(奥は三の鳥居・手水舎)

粕屋町駕与丁に鎮座する駕輿八幡宮
▲側面入口と三の鳥居

粕屋町駕与丁に鎮座する駕輿八幡宮
▲五穀神碑

粕屋町駕与丁に鎮座する駕輿八幡宮
▲社殿全景

撮影日:2023年2月
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